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    誰かがそばにいる  1

     15, 2012 07:00
    川原香澄は夫のDVが理由で離婚し、5歳になる娘、香織を連れて函館にやって来た。

    函館は香澄が子供の頃、今は亡き両親と最後に旅行に来た思い出の地だ。

    香澄はその両親からある能力を受け継いでいる。

    霊感と呼ばれる類いの物だが、両親ほどの強さはなく、感じられる程度であった。

    しかし、それでもその能力のおかげで香澄は何度も救われている。

    オウム真理教の地下鉄テロ、秋葉原無差別殺傷事件、本当であれば香澄は両方の現場に居合わせた筈であった。

    いずれの日も朝の夢見が悪く体調不良で出掛ける予定を取り止めた。

    勿論、周りには内緒の話しだ。

    そんな話しは偶然で片付けられてしまう筈だし、逆に信じる人には、気味悪がられて付き合いに支障をきたしかねない。


    函館に転居する為、香澄は転居先の物件を入念に選んだ。

    以前住んだマンションで怖い思いを味わった経験から住居選びには慎重になったからだ。

    何軒もの不動産屋を歩いて回った。

    予算に限りがあった為、新築物件は諦めざるを得ず苦労したのである。

    中古の物件は、玄関に入った瞬間に背筋がゾッとするものが多かった。

    不動産屋が如何に隠そうとも香澄には通用しない。


    「川原さん、ここで最後です…。この物件は賃料がかなりお得ですよ。」


    そう言われて連れて来られたマンションは、見るからにかなりの築年数が見てとれる古びた物件だった


    「見た目は悪いですが、内装はリフォーム済みで新築同様になっていますし、4階建てでエレベーター付は珍しいですよ。
    まあ、賃料がお安い理由はただ一つ、裏に墓地があるからなんですが…。
    それ以外は、近所にスーパー、コンビニ、学校、全てありますし立地として文句なしです。」


    香澄は墓地と云う言葉に微かな不安を感じたが、マンションの外でも、案内された部屋でも、嫌な感じは感じられなかった。

    逆に眼前に広がる墓地の為、ベランダ側の日当たりは最高で、墓地を除けば眺望も遠方まで見渡せてこちらも最高だった。

    掘り出し物だ。


    「ここに決めます。すぐに越したいんですけど、大丈夫ですか?」


    「あ、ありがとうございます!・・・勿論大丈夫です。明日からでもお住まいになれますよ。」


    少々大袈裟な位、不動産屋の案内人が喜ぶので香澄は苦笑した。

    しかし、案内人がこれほど喜ぶ理由には、無念にも気付く事が出来なかった。

    香澄と香織、恐怖の日々が始まろうとしていた。


    つづく



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    誰かがそばにいる  2

     15, 2012 19:00

    「ママ、ここが香織の新しいおうち?」


    香織が無邪気な声で明るく香澄に聞く。


    「そうよ~。新しいおうち。ママと2人で暮らすの。」


    「うん!ママと2人がいい!」


    香織は幼いながらも、父が母に何をして苦しめ続けたか理解していた。

    父のいない暮らしは、香織にとって寂しさよりも安堵の気持ちが大きかった。

    香澄は荷物を運び終わりダンボールの片付けをしていた時に最初の違和感を感じた。

    4階建て5部屋…20世帯が住む筈のマンションであるが、エントランスのポストには投入口にほぼ全てテープが貼られていた。

    開いているポストは3つ。

    404、304、204…

    香澄の部屋が404号なので、全てその階下になる。

    一体どう云う事なのか…。

    香澄の胸に微かな不安が過ぎった。


    「下見の時には気付かなかった…。」


    「ママ、どうしたの?」


    香織の声で我に返りエレベーターホールへ向かった。



    (なぜ?)



    エレベーターが4階に上っていた。


    (そ、そうね…きっと4階には他に住んでる人がいるんだわ…。)


    自分で自分を納得させて、香織には動揺を悟られないように気を付けた。

    エレベーターのボタンを押す。

    しかし、しばらく経ってもエレベーターが動く気配はなかった。


    「ママ~。まだ~?」


    香織がしびれをきらせて香澄の袖を引く。


    「エレベーター、故障かなぁ~。階段で行こうか!」


    香澄はわざと明るい声で香織に答えたが、内心は動揺が抑えられなくなりつつあった。


    「わかった~!ママ、お部屋まで競走~!!」


    香織は言うや否や勢い良く駆け出した。


    「待って香織!危ないよ~。」


    香澄も後を追った。

    その直後背後でエレベーターが1階に降りドアが開く。

    香織を追いながら香澄は背後に何かの気配を感じ、思わず振り返った。

    だが、そこには空のエレベーターがドアを開けているだけだった。

    その時、香澄の足が何かに引っかかって香澄は思いっきり転んだ。


    「キャー!痛い!」


    香澄の悲鳴に香織が驚いて駆け寄った。


    「ママ、ママ、大丈夫?」


    「あ、うん…。大丈夫。ママ、転んじゃった。」


    「ママのドジ~。」


    「アハハ、そうだね~」


    明るく笑ったが香澄は恐怖におののいた。

    足元には何一つなかったから…。

    確かに何かに引っかかって転んだのだ。

    一体何に引っかかったのか…。


    「香織、早くお部屋に帰ろうね…。」


    その顔は青ざめていた。


    つづく




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    誰かがそばにいる  3

     16, 2012 07:00

    香織の手を引き急ぎ足で自室のドアを目指した。香澄は背後の気配に確信した。

    新居選びに失敗したのだ。

    しかし、今の香澄に再度の転居資金はなく少なくとも数ヶ月はこの部屋に住まざるを得ない。

    それまではなんとか香織に、怖い思いをさせずに済む事を祈るしかなかった。

    その日の夕刻、階下の住人を転居の挨拶で訪ねた。

    チャイムを何度か鳴らすが応答なし。だがドアから明かりが漏れている。

    留守の筈はないと思いつつも諦めて帰ろうとした時ドアの中から声がした。


    「だ、誰?」


    明らかに怯えを含んだか細い声。


    「あ、初めまして。今日、上の404号に引っ越してきました川原といいます。引っ越しのご挨拶に伺いました。」


    ゆっくりとドアが開いた。

    ドアの中には50歳くらいの鬱々とした表情を露わにした女性がいた。


    「こんな所に引っ越して来たのかい…。悪い事は言わない。さっさと余所へ引っ越しし直しなさい。」


    「えっ…。それはどう云う事ですか?ここは何かあるんですか?」


    「… 私は何も知らないよ。… それじゃ、…。」


    明らかに怯えた目で周りを見回し、そのあとは取り付く暇もなくドアを閉めた。


    「あ、これ…。」


    香澄は手にした引っ越しの挨拶の菓子折りを差し出したが、既にドアの近くには人の気配はなかった。

    仕方なく菓子折りの袋をドアノブに掛け帰ろうとして、2.3歩歩いた時、香澄は住人の名前を確認し忘れた事に気付いた。

    慌てて表札を確認しようと振り返った瞬間、香澄は全身の血の気が引いた。

    たった今ドアノブに下げた菓子折りが消えていた。

    ドアが開いた気配も音も…何も感じなかった。

    背筋が凍りついた。

    香澄は一目散に自室を目掛けて駆け出した。

    その背後にまたあの気配を感じた。

    私の後ろに誰かがいる。

    あまりの恐ろしさで振り返る事が出来ない。

    必死の思いで自室のドアまでたどり着いた。


    しかし、香澄のすぐ後ろにはあの気配がついて来ていた。




    つづく




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    誰かがそばにいる  4

     16, 2012 19:00

    香織の手を握りしめ玄関に入った瞬間、さっきまでは感じなかった背筋がゾッとする

    感じが香澄を襲った。

    香澄は確信した。


    アイツが中にいる。


    香織とダイニングキッチンに入ってテーブルを見た時、香澄の確信が絶望に変わった。

    テーブルの上に、ついさっき階下の住人へ挨拶のため持って行き、ドアノブに掛けた

    筈の菓子折りが置かれていた。


    「ママ、どうしたの?香織、おててが痛いよ~。」


    「あ、ごめんね…。ママ、強く握っちゃったね。」


    出来るだけ平静を装ったが、さすがに香織もいつもと違う母を感じたようだった。

    香織と話しながらも香澄は背中に気配を感じ続けていた。


    恐怖が全身を支配した。


    「ママ、ご飯食べようよ~。」


    そうだ、私は母なのだ。この子だけには怖い思いをさせてはいけない。

    香澄は震えながらも食事の支度に取り掛かった。


    食事を終え香織を風呂に入れ終わると、早々に寝かしつける。

    一時たりとも香織のそばを離れられない。

    悲壮な思いであの気配と闘っていたが、引っ越しの疲れも重なりついウトウトしてしまった。

    耳元でカサカサと云う物音がして香澄は飛び起きた。


    「来ないで~!!」


    我を忘れつい大声を上げてしまった。


    「ママ、どうしたの?」


    香織がビックリして母にしがみつく。


    「あ、ごめんね…。ママ、ちょっと寝ぼけちゃったみたい…。」


    「ママ、大丈夫?どっか痛いの?」


    幼い我が子の言葉に涙が出そうになったが、香織をそっと抱きしめながら辺りを素早く見渡す。

    少しだけ、あの気配が遠のいた気がしたが、香澄はそれから一睡も出来なかった。

    翌朝起きてキッチンに立った香澄を待っていたのは、新たな恐怖だった。

    洗って片付けたはずの食器が全部シンクに浸かっていたのだ。


    神様お願いします!助けて下さい!!


    神に願いながらも、香澄はその願いは届かない事を知っていた。

    今まで何度も同じような経験をして来たが、一度たりとも消えてなくなる事はなかったのだ。

    自分で解決するしかなかった・・・・


    朝食を済ませるとすぐさま香織を幼稚園に連れて行った。

    そうして、香澄自身は近くのコンビニへ向かった。

    コンビニにたむろしている若者達に話しを聞く為に。

    経験上こういう話しの類いは近所の人達の口が重くなる。

    若者達の噂話しは、話し半分だが真実が含まれている場合があるのだ。


    「ごめんなさい。ちょっとお話し聞かせて貰えるかな?」


    つづく




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    誰かがそばにいる  5

     17, 2012 07:00

    「ごめんなさい。ちょっとお話し聞かせて貰えるかな?」


    コンビニの前で、はしゃいでいる若者達に声を掛けた。


    「な~にィ?オバサン」


    香澄はいきなりオバサン呼ばわりされて面食らったが、この子達から見れば香澄はオバサンに分類される年齢なのだろう、と納得して苦笑しながら質問を続けた。


    「向こうにあるあのマンションなんだけど、何か変わった噂とか聞いた事ないかしら?」


    若者達の顔色が一瞬にして変わるのがわかった。


    「オバサン、何でそんな事聞きたいの?」


    香澄はあらかじめ考えていた口実を口にした。


    「あ、それはね、今度地元のタウン誌を作ろうと思ってるんだけど、最初の目玉企画に噂話の真相って云うのをやろうと思ってるの。

    それでちょっと怖い噂話を聞いたもんだから、本当の所はどうなのかなぁと思ってね。」


    「本当の所はって…ねぇ…。」


    若者達は顔を見合わせて誰かが話すのを待っていた。

    自分が話すのを嫌がっていたのだ。

    香澄は驚いた。

    今まで何度となくこういう質問を若者達にしていたが、今まではみな我先にと話し始めていたのだ。


    「お願い、教えて貰えない?少しだけならお礼も出せるから…どう?」


    リーダー格らしき男の子がやっと口を開いた。


    「まあ、噂だけどさ…。あの墓場マンションはさ…。」


    墓場マンション…まあよくある例えかもしれないが、香澄は流石にいい気持ちはしなかった。


    「とにかく、なんかがいるらしくって…

    端っこから順に人がいなくなって…

    いなくなった部屋は全部なんかの住み家になってるらしいぜ。…なぁ、そうだろ?」


    「うん、私も聞いた事ある。空いてる部屋の壁は黒い染みがいっぱいだって。」


    「私も聞いた!住んでる人、寄ってたかって恐い目に合わせるらしいよ~。」


    香澄は驚いた。

    寄ってたかって…って!


    「そ、その何かってたくさんいるの!」


    「だって…ねぇ。裏から来てるんでしょう…あれ…」


    「えっ!アナタ見た事あるの?」


    「 いや、みんな見た事はないと思うよ。でも、ここら辺の奴はみんな一度は墓場マンションのそば、夜通った時に追い掛けられた事あんじゃねえかな。」


    リーダー格の子の吐き捨てた言葉が、香澄に昨夜の恐怖を思い出させた。


    「恐い目って、どんな事されるのかしら?」


    誰もが目を伏せてしまった。


    「もう無理!他の人に聞いて!」




    一体何をされるのか!



    香澄は震えが止まらなくなった。




    つづく




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    誰かがそばにいる  6

     17, 2012 19:00

    若者達に話しを聞いた後、取りあえず仕事に向かった。

    休んでいる場合ではない。

    1日でも早く再度の転居資金を貯めなくてはならない。


    仕事が引けると幼稚園へ迎えに急いだ。

    夜になるわけにはいかない。

    若者達の話しからすると、陽が暮れるとマンションの外はそこら中に【あれ】が溢れかえるようだ。


    冗談じゃない…。


    香織をそんな目に合わせるわけにはいかない。


    「ママ~!」


    幼稚園へ迎えに行くと香織が一目散に香澄の元へと駆け寄ってきた。

    香織は父親の蛮行の影響も有ってか極端な人見知りをする。

    多分香澄の迎えを心待ちにしていたのだろう。


    「いい子にしてた?」


    「うん、香織、いい子にしてたよ!」


    香澄は優しく抱きしめて頭をそっと撫でた。

    先生に挨拶を済ますと、とりもなおさず家路を急いだ。

    日暮れまで余り時間が無かった。


    「ママ、私、お友達が出来たよ~。」


    急ぎ足で歩きながら香織が話し掛けた。

    香澄はそれどころではなく、生返事をしてしまった。


    「そう!良かったわね~。何てお名前なの?」


    「え~っとね~。あ、しろ~君!」


    「へ~!四郎君って云うんだ。仲良くして貰えるといいね!」


    人見知りの香織にたった1日で友達が出来る…

    キチンと考えていれば、危うさに気付いてあげられたかも知れなかった。

    香澄は自分が言ってはいけない一言を香織に言ってしまった事に気付かなかった。



    … 仲良くね …

    誰と…。



    何とか日暮れ前にマンションに辿り着いて自宅のドアを開けた。

    香澄は違和感を感じ辺りを見回した。


    (アイツがいない!)


    (確かに、何も感じない。)


    その瞬間、香澄の背後をあの気配が襲った。

    思わず香織を抱きかかえ全力でドアを閉めた。


    (間に合った?…)




    間に合わなかった。


    既にアイツは部屋の中にいた。

    しかも、気配がひとつではなくなっていた。

    香澄は香織を抱きかかえ居間へ入り、香織を抱き締めたまま全神経を集中して気配の数を数えた。

    3つ…いや4つ…。


    どうして、こんな事になったのか。



    「ママ、どうしたの?痛いよ~。」


    「あ、ゴメンね…。ママ、ちょっと頭が痛いの…。それで香織を強く抱き締めちゃった。痛くしてゴメンね…。」


    「ううん…。ママ、大丈夫?」


    「大丈夫…。でも、もう少しだけこうしてていい?」


    「うん、香織が抱っこしてあげるね。」



    香織に頭を抱かれながら香澄は背後の気配が近づくのを感じた。



    つづく




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    誰かがそばにいる  7

     18, 2012 00:00
    香澄は背後に蠢く気配を感じながら、亡き母の教えを思い出していた。

    (もしもの時は結界を作りなさい。その中にはアイツ達は入って来れないから…)


    全神経を集中して丹田に気を溜める。何度も繰り返し、自分自身が火の玉と化したかのような錯覚の中、香澄はその全てを一気に発した。


    【ドン!】


    地鳴りと共に気配が拡散した。

    香澄の力では居間ひと間に結界を張るのが精一杯だったが、辛うじて香織の身を守る事は出来そうだと安堵した。


    「ママ!おっきな音がしたよ!なに~?」


    「大丈夫よ。なんでもないから、心配しないで…。」


    香織を抱き寄せそっと頭を撫でながら優しく声をかけた。

    この部屋を出る時は自分が必ずそばに付いていなければ…。

    それからしばらくの間、結界のおかげかアイツたちは香澄を遠巻きにしているだけで居間以外でも近付いて来る事はなかった。

    そんなある朝、香澄が目を覚ますとベッドに香織の姿がなかった。

    香澄を恐怖が襲う。


    「香織~!!香織~!」


    ベッドから飛び起き部屋を飛び出した。

    キッチン、風呂、トイレ、クローゼット…何処にも香織の姿はなかった。

    香澄の動揺が頂点に達した時、居間の押し入れから香織が出て来た。


    「ママ~!どうしたの?」


    「香織~!何をしてるの~、ママ心配したじゃない。」


    香織を抱き寄せホッと胸をなで下ろした。


    「隠れん坊してたの~♪」


    無邪気な言葉に香澄は重大な思い違いを犯した。


    「もう!香織ったら…。朝から、そんな事しないの。めっ!」


    「ゴメンナサ~イ。」


    「さあ…。お顔洗ってご飯にしようね。」


    「はーい!」


    香織と洗面所へ行き洗顔していたその時、最近になくアイツの気配が背後に迫った。

    香澄は戦慄を覚え、香織の後ろに立ちふさがった。


    「アハハ♪」


    香織が突然笑い声を上げ洗面所の鏡を見ている。


    「どうしたの?何か可笑しい事があったの?」


    「エヘヘ…。内緒~」


    「え~!ママに内緒なんてひど~い!」


    香澄は香織を抱き上げじゃれながら居間へ移動した。

    兎に角その場を離れる事が先決だと判断した。

    居間に入ると一息つく事が出来たが、その時には既に香織が突然笑い声を上げた事を失念してしまっていた。

    また重大な過ちを犯してしまったのだ。

    香織は以前香澄と離れる事をあれほど嫌がっていたのに今は楽しそうに幼稚園へ向かう。

    何故?不思議には思ったが…。


    「ママ行ってらっしゃーい!」


    つづく




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    誰かがそばにいる  8

     18, 2012 19:00

    暫く静かだった【アイツ】たちが、ここ数日少しづつ騒がしくなり始めた。

    キッチンや食器棚のものが朝になると移動している。

    夜中遅くになると、水道管から嫌な音が鳴り響く。

    香澄は日に日に自らの感覚が研ぎ澄まされていくのを感じ怯えていた。


    ある朝、香澄の怯えを決定的にする事が起きた。

    眠っている香織を起こさないように、そっとベッドを降りた香澄の足元に包丁が突き刺さっていた。

    一瞬何が起きたのか解らず包丁を眺めていた香澄たが、次の瞬間悲鳴を上げた。


    「キャー!!」


    香澄の悲鳴に香織が驚いて飛び起きた。


    「ママ!なに~!!どうしたの?」


    香織の怯えた表情を見て香澄はなんとか踏ん張った。

    体中が震えていたが、香織にはなんとか悟られないように勤めて平静を装い笑顔を作って答える。


    「ごめん。何でもないよ。ゴキブリさんが居たのよ~。ママ、ゴキブリさん苦手でしょ!」


    「アハハ♪そうだね~。ママ、ゴキブリさん大嫌いだもん♪」


    「香織、もう少し寝てなさい。まだ、早いから…。」


    「うん…。もうちょっと寝る~。」

    香織を寝かせると、香澄は大急ぎで家の中のありとあらゆる刃物をダンボールに詰め込みゴミ集積所へ運んだ。

    その間も香澄はアイツたちの気配を背後に強く感じていた。

    ついにアイツたちの恐怖がやって来た事を理解した。

    香澄の直感は正しかった。

    自宅のドアを開け玄関からキッチンへ急ぐと、テーブルの上にはたった今、香澄がゴミ集積所へ捨てて来たダンボールが置かれていた。

    香澄は悲鳴を上げる事さえ出来ずその場に座り込んだ。

    (一体全体どうすればいいの…。)

    茫然自失の香澄の目に壁の黒い染み、居間の襖の手形がクッキリと映し出された。

    全身の力が抜けていくのを感じながら香澄は気を失った。


    「ママ、ママ!どうしたの?ママ、ママ!おきて…。ママ!ママ!…。」


    香織の泣き声を香澄はボンヤリ夢の中で聞いていた。

    その刹那ハッとして、目を覚まし香織を抱き締めた。


    「あ、香織。大丈夫よ…。ママ、またゴキブリさん見て驚いただけだから…。」


    「本当に~。ママ大丈夫なの?」


    香織の心配そうな顔を見て香澄は情けなくなった。

    自分は母なのだからこんな事で怯えていてはいけない。

    しかし立ち上がってテーブルを目にした香澄は、たった今自分に入れ直したカツがどこかに消え失せるのを感じた。




    テーブルの上には、家中の刃物が並んでいた。



    つづく




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    誰かがそばにいる  9

     19, 2012 00:00
    香澄は震える手で香織を抱き上げ居間へ入る。

    その瞬間香澄の体を戦慄が走った。

    最早結界の恩恵には預かれない事を悟った。

    そこら中にアイツたちがいる。


    (こんな所には、一刻たりともいられない!)


    そう思った香澄に更なる恐怖が襲った。



    【逃げたら~その子はもらう~】



    壁に一瞬だけ文字が浮かんだ。

    香澄は立ちすくみ茫然と壁を見つめ続けながら、どう対処すればいいのか考えていた。

    香織に幼稚園へ行く準備をさせて、ダンボールにもう一度刃物を詰めテープで固定し取っ手をつけた。

    その上で急ぎコンビニへ向かい勤務先の自分宛へ送った。

    マンションには捨てられない…勤務先のゴミ捨て場に捨てるしかない。


    「ママ、お腹すいたよ~。」


    香織の言葉で我にかえり、心の動揺を押し殺し優しく穏やかに答えた。


    「そうね~。ママ、今日あわてんぼさんだったね。ご飯忘れちゃったね。ハンバーガーでも食べよっか?」


    「うん!香織ハンバーガー好き!」


    「そうよね~。香織はハンバーガー大好きだもんね~!」


    笑顔の娘と2人でハンバーガーを頬張りながら、香澄はこれからどうすればいいのか考え続けた。

    香織を幼稚園へ送り仕事場へ向かったが、その日は仕事に全く身が入らず上司から何度も注意を受ける羽目になった。

    夕方香織を迎えに行きながら、このままどこかへ行ってしまおうとも考えたが、あの壁の文字が香澄にそれを躊躇させた。


    「ママ~!!」


    勢い良く抱きついて来た香織を抱き上げながら、香澄は途方に暮れていた。


    (私はどうすればいいの…)


    マンションの前まで帰り着くとそこは人だかりになっていた。

    パトカーや救急車が何台も止まっていてかなりの騒ぎになっている。


    「一体何があったんですか?」


    野次馬の1人に声をかけてみた。


    「なんか、2階の住人が自殺してたらしいよ。自分で自分をめった刺しして死んでたってさ~!こわ~!!」


    香澄はお礼を言う事も忘れ香織の手を引き自宅へ急いだ。

    陽が暮れようとしていたのだ。

    エレベーターを降りると、通路にアイツたちが待っていた。

    香澄たちの周りをぐるりと取り囲み蠢いている。

    香澄は香織を抱きかかえてドアの前まで進みドアを開けると同時に気を発し玄関に結界を張った。


    【ドン】


    暫くだけの気休めだと理解していたがそうせざるを得なかった。

    ホッと一息ついた時香織が言った。


    「ママ、今日はお客さん一杯いたね~!」




    つづく



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    誰かがそばにいる  10

     19, 2012 19:00
    香織にはアイツたちが見えている。

    危険すぎる…香澄の両親も強い力を持っていた。

    持っていたが為にこの世に留まれなかったのだ。

    あちら側の力に引き寄せられある日突然姿を消した。

    香澄は初めて自分の血筋を呪った。


    (もうここにはいられない!)


    香澄は出て行く事を決心して、アイツたちに悟られないようにさり気なく貴重品をバックにしまった。

    その夜は部屋の中に残っていた数人…のアイツたちの気配に注意しながら香織を寝かせ付け自分も寝たふりをして夜が明けるのを待った。

    夜が明けるとすぐに香織に身支度をさせ、外で朝食を済ませて幼稚園へ送り届け自分は金策へ走った。

    夕方までかかって、なんとか金策が上手くいきホッとしながら香織を迎えに幼稚園に着いた時、香澄には絶望が待っていた。


    「こんにちは。何時もお世話になります。」


    「あら?川原さん。どうされました?」


    「はあ…。あの香織を迎えに伺ったんですが…。」


    「えっ!香織ちゃんなら、もう帰りましたよ!」


    「どういう事ですか!!誰が香織を連れて行ったんですか!!」


    「あ、あの、いえ、誰かが連れて行ったんではなく、香織ちゃんがシロー君と云うお友達と一緒に帰ると言うもので…。」


    「そ、そうですか…。すいません、その四郎君のお宅を教えて頂けますか?」


    「えっ?うちの園の子ではありませんよ!」


    「なんですって!じゃあ、一体どこの子なんですか!」


    「そ、それは…わかりません。」


    「そんな、無責任なー!!」


    香澄は先生に善後策の相談をする事もなく、とにかく自宅への道を脱兎の如く走り出した。


    四郎君……しろー……死霊!

    香織が鏡に向かって笑った…その相手が…お友達が出来たのって…。


    「うそーー!!」


    走りながら絶叫した。


    【逃げたら、その子はもらう。】


    「やめてーー!!」


    恥も外聞もなかった。

    泣きじゃくりながら走り続けた。

    全力でマンションの階段を駆け上がり自宅のドアを開けた。


    「香織ーー!!」


    居間の襖を開けた時、壁にあの文字が浮かんだ。


    【お前がわるいんだ~】


    「キャーー!!」


    香澄は有らん限りの力を振り絞り叫び続けた。

    香織の消息は絶えた。

    その後香澄はこの部屋から越す事はできなかった。

    香織が帰る部屋はここだけだから。

    部屋中に目張りをして気配に怯えながら、部屋の隅で息を潜めてじっと娘の帰りを待っている。


    アナタのそばにも…ほら、後ろに…。









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