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    時の片~かけら  1

     15, 2012 15:00
    プロローグ



    1982年7月23日午後6時。

    折しも、夕刻から降りだした雨が未曾有の豪雨となった。

    時間降雨量日本最高の182mbを記録する長崎大水害の始まりである。

    死者行方不明299名。

    幹線道路は濁流となり、山肌に密集した住宅街は一瞬にして土石流に呑み込まれた。

    人口45万の都市は暗闇とけたたましい豪雨の音に包まれ、人々は声を失った。


    人知れず、森田早苗もその最中にいた。




    その数時間前、真夏特有の真っ赤な夕焼けの中、森田早苗は長崎駅に降り立った。

    看護大学最後の夏休みにそれ迄頑張った自分へのごほうびとして、生まれて初めての一人旅・・・

    誰にも内緒の一人旅だ。

    行き先を決めるのにさして時間は掛からなかった。

    仲の良い同級生の故郷を一度訪ねてみたかったのだ。



    到着後空腹を覚えて近くの郷土料理店に入った早苗は初めて食べる長崎料理の美味しさに驚いた。

    関東の料理が濃い味付けの元、食材の良さを全く生かして無い事に生まれて初めて気がついた。

    あまりの美味しさに時間が過ぎるのも忘れて何品もの料理を味わってしまった。

    ハタと時間に気がつきその料理店を後にした時は既に雨が降り始めていた。


    宿につく前に夕食をとった事がよもやあの様な事態を招いてしまうとは、誰が予測出来ただろうか。


    早苗の宿は駅から少し離れた長崎市の繁華街のハズレにあった。

    駅前からタクシーを拾い浜の町と云う繁華街に付いた時には雨は豪雨へと変わっていた。


    「凄い雨!」


    傘は全く役にたたない。

    瞬く間に全身ずぶ濡れになってしまった。

    宿まではそこからかなり距離があった。

    ほんの少し歩いている間に、足元の水溜まりが川の流れに変わっていた。


    「急がないと‥」


    しかし、この日の雨は常識では考えられないほどの速さで激しさを増していた。

    ほんの2・3分の間に、流れは足元から足首へ膝元へと暈を増した。

    やっとの思いで目指す宿の近くに辿り着いた時、目の前の中島川は濁流で氾濫し掛かっていた。

    中島川に架かる眼鏡橋を早苗が渡ろうとした時には、水暈は腰まで増していた。


    「わ、渡らないと‥」


    濁流に足を掬われそうになりながらも、欄干に身を寄せ掴まりながら一歩一歩早苗は橋を渡り始めた。

    眼鏡橋は、日本最古の石橋で長崎に訪れた幾多の水害にもビクともしなかった。


    この夜までは。


    早苗が何とか橋の中央まで差し掛かった時、遂にその瞬間が訪れた。


    「キャー!!」


    早苗の悲鳴と共に眼鏡橋は崩壊した。



    死者行方不明299名。

    しかし、もう一人の行方不明者がいた。

    森田早苗 22歳・・誰にも内緒の一人旅が、彼女の存在を消した。



    その日長崎を襲った大水害は、幾つもの不幸な偶然が重なった結果起こった。

    梅雨末期特有の活発な前線活動 高温多湿 湿舌 特異な都市構造 帰宅時間と重なる時間帯 …



    午後7時、市内のライフライン全てがパンクした。


    濁流に流され助けを求める声も、土石流に呑み込まれた悲鳴も雨音にかき消された。

    行政はその機能を停止し、事態の把握さえ困難を極めた。

    唯一の救いは、自衛隊が災害救助の出動要請を待たず救援活動に向かった事だった。



    しかし、早苗にとってそれは意味のない事だった。

    予想だにしなかった石橋の崩壊に、早苗は悲鳴を上げながら濁流に呑み込まれ…た筈だったのだが・・・・・

    中島川の濁流に早苗の姿はない。


    その時刻、長崎市から距離を置く(旧)島原市のある病院で一人の男の子が産声をあげた。

    雲仙岳温泉旅館の「紫水館」榊社長の一人息子で、 程なく幸治と名付けられた。



    299名の命が、失われ或いは行方がわからなくなった、まさにその時一つの命が誕生した。


    続く



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    時の片~かけら  2

     16, 2012 07:00
    1990年11月


    その日、突然の轟音と共に雲仙岳が噴煙をあげた。

    永き眠りから目を覚ましのだ。


    1792年「島原の大変肥後の迷惑」と歴史に残る大噴火以来198年ぶりの噴火だった。



    当然の事ながら、地元住民は驚き混乱した。

    誰もがあり得ない事と信じ切っていたのだから。


    九州には、幾つかの火山があり、そのほとんどが休火山で、活火山は鹿児島県の桜島が唯一と言える。

    雲仙岳も熊本県阿蘇山と同じくほとんど死に掛けた休火山と思われていた。

    その雲仙岳の噴火である。

    人々の驚きは想像に難くない。



    しかし、この噴火は、更なる災いの序章に過ぎなかった。





    その日は、紫水館にとって日常の一日として始まった。


    「どうも有難うございました!」


    女将の元気な声が玄関ホールにこだまする。


    「有難うございました。楽しかったです。また来ますね。」


    客の言葉に、従業員、中居、共に笑顔になる。

    その瞬間、轟音と共に地面が揺れ動いた。


    「キャー…」


    「何?地震?…何?」


    「落ち着いて!」


    悲鳴と怒号。混乱。

    しかし、その轟音は暫くするとすぐに収まった。


    「落ち着いて下さい。大丈夫です!」


    女将の言葉に、客も不安げではあるものの一時の混乱から立ち直った。

    玄関ホールを出ると、眼前に見える雲仙岳の山頂付近から白煙が立ちのぼっていた。

    外に出た者は、客だけでなく従業員も皆一様に驚きの声をあげた。


    「すげー!」


    「なに-!?」


    女将である潤子は、必死に動揺を隠し努めて平静に言う。


    「お客様。雲仙岳が噴火した様です。お車をご用意いたしますので、暫くお待ち下さい。」


    「女将さん、大丈夫なんですか?」


    客の一人が不安げに尋ねた。


    「今すぐ大噴火というわけではなさそうですので、どうぞロビーの中で暫くの間お待ち下さい。」


    内心、潤子自身が誰かに聞きたかった。



    【本当に大丈夫なの?】と。



    「ただいま!」


    何とか無事客を送り出した頃、息子の幸治が学校から戻ってきた。

    緊急に集団下校となったようだ。

    後を追う様に、夫の新司も帰宅した。

    その日新司は、地元旅館組合の会合で麓の島原市まで出掛けていた。


    「ただいま。大丈夫だったか?」


    「あなた…」


    潤子は、一気に緊張の糸が切れるのを感じた。

    そのまま、夫にもたれかかった。


    「おい、大丈夫か!?」


    「大丈夫。少しだけこのままで居させて」


    「ああ」


    新司は、そっと潤子を抱き寄せた。


    「お母さん、大丈夫?」


    まだまだ、幼いと思っていた幸治が母を心配して声を掛ける。


    「あら、心配かけてごめんなさい。大丈夫よ。」


    潤子は、息子を抱きしめた。

    自身も心細かったに違いないのに、母を気遣う息子の優しさを頼もしく思った。



    続く



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    時の片~かけら  3

     16, 2012 19:00

    その日の夕刻から、紫水館は閑散とした売却物件の様相を体した。

    全ての予約が取り消され、建物全体に憂鬱の影を落とす。

    女将である潤子も、社長の新司もなす統べがなかった。


    「取り敢えずみんなで、食事にでもしましょう。」


    力無く、全従業員を促すしかなかった。


    「は~い」


    それに答える従業員達も、全く覇気が無い。

    日常の紫水館では考えられない事態だ。

    過去に経験の無い出来事に直面し、思考が停止したかの様だ。

    食事中も、誰一人として口を開く者はいない。

    まだ幼い幸治も、大人達の只ならぬ気配を敏感に感じていた。

    今日は、いつもの様にしてはいけないのだ、と。

    しかし、実のところ大人達は、幸治にいつもの様にはしゃいで欲しかったのだが。


    翌日は、一転して朝からさしずめ戦争だった。

    ひっきりなしにかかる電話に、従業員達は忙殺された。

    当然の事ながら、全てがキャンセルの連絡である。

    中には、雲仙岳の噴火が、紫水館従業員一同の日頃の行いが悪いからだ、と言う客までいる始末だった。


    その騒ぎに一段落附いてみると、紫水館の向こう半年間の予約は白紙になった。

    潤子と新司、そして全従業員の営々とした努力は水泡に帰した。

    紫水館は、進退極まった。

    後は、女将である潤子が決断を下すしかなかった。

    暫くは、噴火の様子を見ている事も出来るが、長引けば従業員の給料を支払うのさえ窮するのが目に見えていた。


    潤子は決断した。


    「皆さん!お集まり下さい。」



    紫水館は、その歴史に幕を下ろした。



    廃業を決めたものの、今の情勢では旅館の売却は絶望的だった。

    周囲の旅館は休業には追い込まれたものの、廃業を決めたところは今のところなかった。

    社長会や女将会は潤子の決定を拙速だと翻意を促したが、紫水館はそれ以前より経営難に陥っていたのだ。

    前女将新司の母、故トミ子が残した負の遺産の為に。

    トミ子は、楽天的でお人好しの典型的な人だった。

    新司もその血を受け継いでいる。

    その為、人の頼みを断る事が出来ず幾人もの知人の保証人になって、悉く肩代わりさせられる羽目に陥った。

    潤子が新司と結婚し若女将として紫水館に嫁いで来た時には、倒産を目前にしていた。

    幸いにして、潤子に経営者としての才が有り紫水館は倒産を免れた。

    しかしながら、全てが順風満帆と云う訳にはいかなかった。

    嫁いで数年後、トミ子が亡くなった。

    まだまだ女将としては、半人前の潤子や経営者としては絶望的にお人好しの新司を残して。

    それからの数年は潤子にとって迷い悩む日々の連続で、一時も気の休まる時がなかった。

    その最中に幸治が産まれた。



    あの長崎大水害の日に。



    潤子と新司は、その悼ましい出来事に心を痛めた。

    自分たちの幸せが、犠牲者たちの不幸を招いたかの様な気分だったのだ。


    その後も、紫水館の経営は四苦八苦の状態が続いた。

    経常の状態は順調なのだが、トミ子の負の遺産として残った旅館の負債が重くのしかかっていた。


    そこに今回の雲仙岳の噴火である。

    紫水館は、トドメを刺されたも同然だったのだ。



    続く




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    時の片~かけら  4

     17, 2012 07:00

      1991年



    その年に襲った榊家の不幸は、前年の雲仙岳の噴火に端を発していた。

    噴火さえ無ければ幸治は、父を失う事もなかったであろう。



    その年の初頭紫水館は取引銀行の仲介に依り、大手のホテルチェーンへの売却が決まった。

    その年で、榊家唯一の朗報であった。

    おかげで従業員達への退職金なども渡す事が出来た。


    その後新司は知人の紹介で、地元の最大手タクシーへの就職が決まった。

    周囲の人々は旅館業界への就職を勧めたが、新司は頑なにそれを拒んだ。


    潤子はその心情を理解していた。

    新司は全てを忘れたかったのだ。

    それは、潤子も同じ思いだった。




    運命の日ー6月3日




    「行ってきます!」


    幸治の元気な声が響いた。


    「行ってらっしゃい」

    潤子も明るい声で応えた。


    「じゃあ、僕も行ってくる。」


    新司は、軽く潤子の背中に触れ笑顔で出掛けた。

    幸治と潤子が、最後に見た新司の姿だった。




    1990年11月に噴煙を上げた雲仙岳は、その後半年間は小さな水蒸気爆発のみに終始していた。

    しかし、5月20日になり突然山頂に熔岩ドームが姿を現した。


    この事実は、灼熱のマグマが地表に達した事を意味していた。

    しかしながらこの時には、地元民や火山専門家など誰もが1792年の噴火以来になる新焼熔岩の出現だと考えて深刻な事態を予想だにしなかった。


    1991年5月24日、火山学者火山専門家などを、震撼させる事態が発生した。


    民放各局がその日の朝に撮影し、昼、夕のニュースで流した熔岩ドーム崩落の映像が学者たちの常識を覆したのだ。


    雲仙岳の噴火では、過去に例がなかった。


    いや、日本全国の火山噴火でも例を見ない火砕流だった。

    唯一、1977年の有珠山噴火の際に確認されていたが、住民のパニックを恐れ公表されていなかった。


    翌25日午後、九州大学島原地震火山観測所に集まった火山専門家達は、気象庁が夕刻に発表する火山情報の中で火砕流と云う言葉を使うかどうか、喧々囂々議論を闘わせた。

    住民のパニックを恐れたのである。

    学者たちは、パニック神話をその当時はまだ捨てられずにいた。

    情報を出す事でパニックに陥る事はほとんど有り得ない。

    正しい情報こそが、両者にとってより良いリスクコミュニケーションを生む。

    今では常識とされる事が、当時はまだ知られていなかった。

    長時間の議論の結果、苦肉の策として発表の末尾に次のコメントが添えられた。


    「…尚、九州大学地質学調査所等の調査に依れば、24日午前8時8分頃の崩落現象は、小規模な火砕流であったとの事です。」


    火山専門家達の恐れは、全くの杞憂に終わった。

    住民のみならずメディアさえもが、火砕流と云う言葉が意味する深刻さを理解出来なかったのだ。


    続く




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    時の片~かけら  5

     17, 2012 19:00

    5月26日


    その日。

    午前。


    大きな火砕流が、連続して発生した。

    作業員ニ名がこれに巻き込まれ、腕に火傷を負った。

    この事の認識に学者たちと一般の人々では、格段の差があった。

    学者たちは火傷を負ったのは、死の一歩手前であると考えた。


    死んだも同然。


    住民、マスコミ、他関係者への警鐘になるであろう。


    だが、人々の認識は全く逆だった。



    火傷程度で済むのなら、火砕流とは大した事はない…と。

    この認識のズレが、重大な、そして悲惨な結果を招いた。


    29日にも、大きな火砕流が発生したが、被害者は出なかった。

    この事が、マスコミの無謀な報道合戦に拍車を掛けた。

    日本中のマスコミが雲仙岳へ押し寄せ、中腹の定点に危険を省みず殺到した。

    学者たちは自殺行為だと指摘したが、最早聞く耳を持つ者は居なかった。



    熔岩ドームの成長は速度を増し、それに伴い火砕流の高温化は確実に進んでいた。

    しかしその日以降、梅雨のはしりの時期に入った為、雨が続き雲仙岳の山頂はその姿を厚い雲に隠した。

    そしてそのまま何事もなく日々は過ぎていった。

    運命の6月3日まで。




    火砕流が発生した前前日の5月24日。


    午後になって新司は専務に呼ばれた。


    「榊さん。悪いが、ちょっと頼まれてくれないか?」


    「はあ…?どういう事です?」


    「ああ、毎日新聞の記者さんが、運転だけじゃなく雲仙自体に詳しい人を頼むって言うんだ!」


    専務は、申し訳なさそうに続けた。


    「で、何だが…。運転手でない榊さんには、申し訳ないんだけど・・・雲仙の事にかけてうちで一番の人って云うと榊さんしかいないんで…、一つ頼まれてくれないか?」


    「はあ…、まあ、構いませんが、私は何をすればいいんですか?」


    「あ、いや、特別な事は、何もする必要はないんだ。ただ、記者さんの案内と、雲仙について少しレクチャーしてくれればそれでいいんだ。」


    「はあ…、まあ、大した事は出来ませんが、私で出来る事なら…。」


    「そうか、頼めるかい?!それは、助かるよ。ちょっと、銀行さんの口利きなもんで断れなくて困ってたんだ。いや、本当に有り難い!」


    この、一見大した事のない頼まれ事が、新司の運命を決めた。


    「専務、それで何時から乗務に附けばいいんですか?」


    「ああ、今日はもういいそうだ。明日の朝一で頼むという事だった。宜しく頼むよ。」


    「分かりました。じゃ、明日朝一番と云う事で…。それじゃ、失礼します。」


    「ああ、ご苦労様。」


    新司は重役室を後にして、その足で配車センターの車庫へと向かった。



    続く




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    時の片~かけら  6

     18, 2012 07:00

    5月25日



    「オハヨーございます!」


    秋元記者が元気な声をかけて来た。


    「ぁ…、お早うございます。」


    新司は多少人見知りのところがあった。

    逆に秋元記者の方は、賑やかなタイプで誰とでもすぐに打ち解ける事が出来た。


    「はじめまして。って事で、面倒な挨拶は抜きにしましょう。… 秋元です。」


    新司は出された手を握りながら応えた。


    「初めまして、榊です。よろしくお願いします。… まずは、どちらに向かわれますか?」


    「取り敢えず、(観測)定点まで行って貰えますか?その後の事は、後でって事で…ハハ…。」


    【気さくな人だな‥楽しい仕事になりそうだ。】


    新司は、笑顔で軽く頷いた。


    その日は定点での撮影を終えた後、雲仙の簡単なレクチャーをしたが、大体の事は秋元記者が自分で調査済みで敢えてレクチャーする必要はなかった様だ。

    夕刻に地元気象台で会見があると云う事で、其処まで送り届けその日の案内は終わりになった。

    その日の会見は後日重大な意味を含んでいた事が明らかになるが、その日はただの事実関係説明会と認識されるに留まった。

    誰もが戦慄に震えるその日まで、あと一週間を残すのみ。



    運命の6月3日



    「いってらっしゃい!」


    潤子に見送られて新司は軽く手を振る。

    朝から何やら不思議な感覚が新司を襲う。


    【これで、見納めか?】


    ここ数日来浮かぶ不吉極まりない考えを、被りを振って追い払う。

    そもそもこの嫌な感覚は、先日の大火砕流の発生から始まった。


    26日、29日と立て続けに大きな火砕流がおきたが、新司たちはいずれもその場に居合わせた。

    26日には、負傷者も出ている。

    新司たちは何とか難を逃れたものの、生きた心地がしなかった。



    次の日から昨日まで雲仙岳は沈黙を守った。


    「榊さん、もし怖い様なら、此処に落として貰って、…夕方にでも又拾いに来てくれれば、いいですよ。」


    秋元記者はそう言うが、さすがに中腹の定点に、一人残して帰る訳にはいかない。


    「いえ…、お付き合いしますよ。ただ、すぐ逃げられる様に、車から離れないで下さいね。」


    「解りました。」


    しかし、その日も雲仙は沈黙を続けた。

    新司たちが引き揚げ様としたその瞬間まで。



    16時過ぎ、山頂を 隠す雲間に灰色の煙りがあがる。


    火砕流が発生したのだ。


    然も、その日の粉塵は明らかに規模が違っている。



    「あっ、秋元さん!急いで乗って下さい!」


    新司は絶叫に近い呼び声をあげた。

    秋元が車に戻った瞬間、新司は車を出した。

    しかし、その行く手を火砕流の海が阻む。


    新司と秋元は、絶望した。





    1991年6月3日 16時過ぎ、雲仙岳から発生した火砕流に呑み込まれ43名が犠牲になった。


    報道記者、カメラマン、タクシー運転手、消防団員など…。


    全身に火傷を負い、よろめきながら歩いて逃げてくる人たち。

    その映像が、ほぼオンタイムでニュースで流れた。

    誰もが戦慄に震える正視するに耐えない悲惨な映像だった。



    火砕流の恐怖を、日本国民全てに知らしめた。

    代償は、43名の命。


    運命の日は、夕暮れの闇に沈む。





    潤子は夫を、幸治は父を失った。



    続く



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    時の片~かけら  7

     18, 2012 19:00
    2002年7月30日




    あの頃の記憶が今までハッキリしなかった。

    今の今まで。

    この手の中から彼女が消え去ろうとしているこの瞬間、僕はハッキリと思い出した。


    「行かないでくれ。」


    「ごめんね…、幸治くん。私やっぱり…」


    言い終わらないうちに、その姿は消え去った。







    あの日は、暑い一日だった。

    1992年7月23日

    その日は僕の10歳の誕生日だった。






    【ずぶ濡れ!。】


    【なぜ?】


    【ここは、どこ?】


    【何にも思い出せない。】


    【えっ?私…、私…、名前が分からない。】


    【怖い…。】


    【どうしよう…。どうしよう。】


    【助けて…!誰か…。】



    「どうしたの?」


    知らない女の人…。


    「大丈夫?何処か怪我してる?」


    私は自分の体を触ってみた。

    幸い何処にも怪我はないようだ。


    「いえ…。」


    消え入りそうな声で辛うじて答えた。


    「そんなに濡れちゃって一体どうしだの?。」


    自分にもわからない質問には答えようがない。


    「あの、ここはどこですか?」


    「えっ…!」


    女の人の顔色が変わるのがわかった。


    「あなた、ここがどこかわからないの?…お名前は?」


    【わからない。】


    「… わかりません…」


    思わず涙が溢れた。


    「何もわからない…。」



    【私は誰?。ここはどこ?。】


    つづく




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    時の片~かけら  8

     20, 2012 07:00

    眼鏡橋の欄干に寄りかかったまま、私は途方に暮れた。


    「困ったわね!名前もわからないんじゃ…。兎に角、その濡れた服どうにかしなくちゃね」


    女の人は震える私を抱きかかえるように優しく立たせた。


    「幸治くん、先にお家に帰ってタオルなんか用意して頂戴。」


    「うん。わかった」


    今迄女の人の後ろに隠れるようにしていた男の子が、元気に答えてそのまま駆け出した。


    「さあ、取り敢えずうちにいらっしゃい。そのあと、よく考えてみましょ。ね!」


    「あ、…はい。」


    私は言われる儘、女の人について歩き始めた。


    「ああそうだ、私は榊 潤子。さっきの子は息子の幸治。よろしくね…。」


    まるで知り合いの娘にでも接する優しさに少し戸惑ったが、今は本当にありがたかった。

    何より心細かったのだ。


    「ありがとうございます。」


    私の言葉に潤子さんは微笑み、そっと手を引いてまた歩き始めた。

    浜の町商店街のアーケードを抜け左へ進む。

    大きめの正覚寺という寺を過ぎた所に潤子さんの家はあった。


    「ただいま。… さあ入って。」


    言われる儘に中へ入った。


    「まずは、シャワーでも浴びてらっしゃい。そのままじゃ風邪ひいちゃうわ。」


    「幸治くん、お姉さんをお風呂場に連れて行ってあげて。」


    「は~い。」


    「お姉さん、こっち。」


    「あ、うん。ありがとう。」



    早苗と幸治の運命の出逢いだった。

    シャワーを浴び用意されていた服に着替えて居間に戻ると、夕食の支度がしてあった。


    「どう?少しは落ち着いたかしら?」


    「あ、はい…」


    「お母さん、お腹すいたよー。」


    「そうね。いただきましょ。お嬢さんも、話しはあとにして召し上がれ!」


    「ありがとう…。いただきます。」


    「いただきま~す。」


    幸治君の元気な声が食卓に響いた。

    見ず知らずの自分に、どうしてこんなに温かく接してくれるのか?

    涙が思わず溢れた。


    「お姉さん、どうしたの?どっか痛いの?」


    「ううん…。大丈夫、ありがたくて…」


    幸治君の頭をそっと撫でながら答えた。

    食事のあとデザートにとケーキをいただいた。

    今日は幸治君の誕生日だったらしい。


    「お昼の残りで悪いけど、食べて。」


    後片付けがおわり潤子さんがテーブルに戻る。


    「幸治、もう寝なさい。」


    「えー、まだ早いよ~!」


    「いいから、お部屋に行きなさい。お母さんはお姉さんと話しがあるの。」


    「はぁーい。おやすみなさい…。」


    少し不服そうな声に思わず笑みがこぼれた。

    かわいい。素直にそう思った。


    「さて、何からお話すればいいかしらねぇ…。」


    「はい…。」


    「なんにも覚えてない?」


    答えられない。

    教えて欲しい。


    「あの…。ここはどこですか?」


    「そう…、なんにも覚えてないのね。…ここは、長崎。さっき通って来たアーケードは浜の町商店街って云うの。」


    全く覚えがない。


    今更ながら、体の奥底から恐怖が襲う。

    震えが止まらなくなった。



    続く



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    時の片~かけら  9

     25, 2012 07:00

    2日目




    朝、目が覚めると私は混乱状態に陥った。


    「東京…、千歳烏山駅…、」


    風景が頭を辿る。

    でも、ここは長崎だって…。

    どうして、東京の風景が浮かぶのか…

    私は東京に住んでいるのか…。


    だったら何故長崎にいるのか…。

    疑問が頭の中を支配して、思考は停止した。


    「おはよー!お姉さん!」


    元気な声で我に返った。


    「あっ、おはよう。」


    「ご飯だよ!」


    「あっ、うん…、わかった。ありがとう幸治君」


    急いで身支度を整え居間へ向かう。


    「おはようございます。」


    「あら、おはよう。よく眠れた?」


    「あ、はい…。」


    戸惑いがちな私の言葉に、潤子さんは怪訝な顔で…、


    「どうかしたの?」


    「あの、…朝…、目が覚めたら、東京の風景が見えて来て…」


    「まあ!そうなの?それで、他には何か思い出した?」


    「名前は?どうして長崎に来たの?」


    「どこに泊まっているの?」


    矢継ぎ早な質問に困惑していると、潤子さんが自分の頭を叩いた。


    「ごめんなさい。一度になんでもかんでも答えられないわよねぇ…。」


    「いえ、… でも、思い出したのは風景だけなんです。その他の事は、何にも…。」


    「そう、…取り敢えずご飯食べちゃおっか!その後、警察と…病院にも行ってみようね。」


    「すいません…ご迷惑かけてしまって…本当にありがとうございます。」


    「気にしない、気にしない。困った時は、お互い様よ!」


    「お母さん、お腹すいたよ~!早く食べよ~よ!」


    幸治君の声に、潤子さんと私は顔を見合わせ笑った。

    重苦しい気分から、救われた思いがした。

    そして、心に溢れるこの愛おしさがどこからくるものか?


    不思議な感覚に捕らわれていた。



    続く



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    時の片~かけら  10

     27, 2012 07:00
    3日目


    「早苗、早苗…おきて…」


    誰かが、私を呼んでいる。

    早苗?

    早苗って私?

    私の名前は、早苗なの?

    ふっと、目が覚めた。


    まだ、覚醒しきっていない頭で周りを見回した。

    誰もいない。夢だったの?





    昨日、朝食の後潤子さんに付き添われまず警察へ出向いた。


    「…と云う事情なんです。東京の警察に問い合わせて貰えますか?」


    「ご事情は解りましたが…お名前も年齢さえもわからないとなると難しいですよ。」


    「そう言わず、お願いします!」


    潤子さんの剣幕に、担当の警官が恐れをなし、

    あちこち問い合わせ始めたがやはり無駄だった。


    ここ1ヶ月の若い女性の捜索願は数多くあったが、

    どれもが私の特徴とは違いが有り過ぎた。


    警察署を後にして、次に病院へ向う。


    同じ話しを繰り返しその後検査を受けたが…。


    異常は全く見当らず何の収穫も得る事が出来ない。


    潤子さんが仕事で先に病院を後にしたので、帰り道は幸治君と二人になった。


    「この間、学校でね…」


    「友達がね…」


    学校の話しや友達の話しで私を笑かし続けてくれる。

    その優しさに感謝の思いで一杯になった。

    そのおかげか昨日は穏やかに眠りに付くことが出来たのだ。




    身支度を整えて居間へ行くと明るい声が飛んできた。


    「おはよう!良く眠れた?」


    「あ、はい…。あの…またひとつ思い出しました。名前なんです…。」


    「えっ、名前思い出したの!」


    「ええ…、でも下の方だけなんです…。」


    「大丈夫!その調子なら、すぐに全部思い出せるわ。…それで、お名前何て云うの?」


    「早苗です…。」


    「そう、早苗さんと云うのね…。」


    「早苗お姉さん!」


    幸治君の元気いっぱいの声が響いた。



    続く




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    時の片~かけら  11

     30, 2012 07:00
    「早苗お姉さん!・・・・ご飯食べよぉ!」


    幸治君の元気な声が響いた。


    「そうね・・・食べよう、食べよう・・・」


    潤子さんの明るい声が応える。


    「はい・・いただきます・・・」


    私も昨日よりは元気が出てきた。

    何も解らず過ごした2日よりは、自分の名前だけでも思い出した今日の方が希望を感じたのだ。

    楽しく談笑しながら食事を済ませ、ちょっと一服と云う感じになった時潤子さんが意外な話を始めた。


    「今日はちょっと幸治と大学病院に行く日なの・・・」


    「えっ?幸治君どこか具合が悪いんですか?」


    「ええ・・・今年、父親が事故で亡くなって・・・ちょっと、記憶障害になっているらしいの・・・」


    「えっ?・・・・そうなんですか?・・・・ごめんなさい・・・自分の事ばかりで・・・気が付かなくって・・・」


    いつも明るい幸治くんが父親を亡くしたばかりで、その上記憶障害にまでとは・・・思いもしなかった。


    「ううん・・・そんな大したことじゃないのよ・・チョットだけ記憶がぼんやりしているだけだから・・・」


    「はあ・・・そうなんですか・・・」


    記憶がない私を全く迷惑がらずにこんなにも親切にしてくれる訳がわかった気がした。

    きっと、文字通り他人事ではなかったのだ。


    「それで、担当の先生に昨日連絡してみたら・・早苗さんも一緒に検査しましょうって話になったのよ。・・・検査してみる?昨日の病院よりも設備が整っているから何かわかるかもしれなし・・・どうかな?」


    「あ、はい・・・いいんですか?・・・スイマセン・・ご迷惑ばかり・・」


    「あら?そういう意味じゃないわよ。気にしないの!困った時はお互い様よ・・ね!」


    「あ、はい・・・ありがとうございます。」


    「じゃあ、今日は幸治と一緒に検査だ・・幸治!良かったね、寂しくないでしょ。」


    「うん!・・ヤッター!」


    「あらま!・・・フフフ・・・」


    そういう流れで精密検査を受けることになったのだが、昨日とちょっと違い病院に着いた途端、私は違和感を覚えた。いや、違和感ではなく既視感だった。

    見るもの全てに見覚えがある。

    ナースステ-ション、白衣、機器・・・・それぞれの名前さえわかった。

    全ての検査を終えて診察を受ける時そのことを話した。


    「早苗さん、きっと病院に勤めていたのよ!」


    潤子さんが歓声に近い声を上げた。


    「あ、はい・・私もそう思います・・・いえ、そうです。」


    私の中に確信が芽生えていた。毎日扱っていたものばかりだ。

    詳しい検査結果は後日と云うことで、その日は幸治君の検査が終わるのを待って引き上げた。

    何となく帰り道の足取りが軽くなった。

    私の年格好から云うと医者ではなく、きっと看護婦(現在は看護師)だ。

    少しずつではあるが自分の事が思い出せていることに安堵し、帰り道では少しはしゃいだ感じさえ与えたと思う。



    しかし、なにかを思い出せたのはそこまでだった・・・・

    4日目以降私は何も思い出せなかった・・・・



    続く



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    時の片~かけら  12

     08, 2012 07:00
    7日目。


    少しづづ順調に思い出していた記憶が4日目を境に何も思い出せなくなった。

    朝起きてもぐっすり眠った感覚のみ残り、3日目までのように夢?を見ることも無かった。

    落ち込む私を潤子さんが慰めてくれるが、それが一層申し訳なく更に気分を重いものにした。


    救いは私と同じような記憶障害と云う病ながらも明るく元気な幸治君の姿だった。

    家業の突然の廃業、父や母の転職、その上突然の父の死・・・

    潤子さんから事情を聞かされ、わずか10歳の子供には酷な状況で自らの記憶を封じ込むのも無理絡むことだと納得した。


    なのに、幸治くんはいつも明るく元気に私を励ましてくれる。

    今朝もちょっと落ち込んだ様子を見せてしまった時、直ぐに幸治君が励ましてくれた。



    「大丈夫だよ!早苗お姉さんは僕がお医者さんになって必ず治してあげるから!」


    「あら(´・∀・`)?幸治、お医者さんになるの?この間まではパイロットになるって言っていたじゃない!」


    「・・・・忘れたよ~~~だ。僕も病気だもん!」


    「あら(´・∀・`)?また、都合のいい病気だこと!」


    「キャハハ・・・・」


    「ウフフフ・・・・」


    「っぷ・・・あ、ごめんなさい・・・」


    二人のやり取りについ、笑ってしまった。


    「あら、いいのよ・・・少しは元気が出たかしら?」


    「あ、ハイ!幸治君に元気貰いました。・・・幸治君、立派なお医者さんになってお姉さんの事、絶対治してね。」


    「うん!任せといて!」


    「あらまあ!お口だけは立派なお医者さんだこと!」


    「え~~~~!お母さん酷い~~!」


    「ぷぷぷ・・・・」


    「キャハハ・・・・」


    考えてみると潤子さんだって辛いはずなのだ。

    旦那さんを亡くしてまだわずか2ヶ月ほどなのだから・・・

    それなのにそんな素振りを全く表に出さない潤子さんを私は凄いと思う。

    私も元気出さなくっちゃ!



    その日はすぐ近くの長崎港の納涼花火大会があるらしく市内最大の繁華街の浜の町は見物客でごった返していた。

    幸治君との約束で潤子さんも出かける予定だったらしく、私にもお誘いが来た。

    私は喜んでそのお誘いに乗って、潤子さんから浴衣を貸してもらい気分転換も兼ねてみんなで出かける事にした。

    楽しく過ごしていた花火見物だったが、途中から私は頭痛を感じ始め終わり頃には我慢できない程にまで悪化してしまった。

    とうとう帰り道で歩けなくなり潤子さんが薬を買いに行ってくれることに・・・


    「幸治、お姉さんとここに居て。お母さんお薬買って来るから。」


    「うん、わかった。」


    「ちゃんとお姉さんの傍にいてみていてあげるのよ。」


    「うん、大丈夫。」


    「直ぐに戻って来るから早苗さんチョットだけ我慢していてね。」


    「スイマセン・・・また、ご迷惑掛けて・・・」


    「何言っているの・・・でも、明日はお医者さん行きましょうね。」


    「はい・・・ありがとうございます。・・・・」


    潤子さんは少し急ぎ足で薬局に向かった。

    待つあいだ幸治君が心配そうに私を見ている事に気づいていたが、幸治君を気遣う余裕が私には全く無かった。

    しかもその頭痛は時を追うごとに酷くなってきた。


    「痛い・・・・幸治君、どうしよう・・・お姉さん、もう我慢出来ない・・・」


    「お姉さん・・大丈夫?どうして欲しい?・・僕、どうすればいい?」


    「幸治君・・・ありがとう・・・傍にいて・・・」


    その時、一瞬にして私の周りが昼間の明るさになった。

    頭痛から目がおかしくなったのかと思える程の明るさだ。


    「お姉さん!・・・・」


    幸治君の声にそっと振り向いた時、幸治くんの驚きを隠せない姿を見て私は愕然とした。

    幸治君は夜の暗闇にいたのだ。

    私の周りが昼間の明るさになったのでは無かった。

    私自身が光っているのだ。

    私は突然の出来事にパニックになった。


    「どうしよう!どうしよう!幸治君どうしよう!怖い・・・怖い・・・」


    その間にも頭痛は激しさを増し私の頭は割れんばかりに痛んだ。


    「痛い・・・怖い・・・幸治君・・助けて・・・・」


    あまりの事に幸治君もなすすべがないようだった。

    ただ立ちすくんでいるしか無い・・・・


    その時がやって来た。

    私の体を包む光が七色に変色を始め徐々に私の体が薄く消え去ろうとしはじめた。


    「こ、幸治君・・・怖い・・・助けて・・・」


    言いながら・・・私は解っていた。

    まだ子供の幸治君に為すすべが無い事を・・・

    怯える小鳥のように幸治君に縋りたかった。



    しかしその時、幸治くんが私を力一杯抱きしめた。

    体中の勇気を振り絞ったに違いない。


    そして言った・・・・



    「大丈夫だよ!僕が守ってあげるから!」



    私はその瞬間、全てを思い出した。

    何故幸治くんに初めてあった時から不思議な安心感を抱いたのかも理解した。

    それは私の未来の思い出だったから・・・







    ・・・・・・・私の体は再び消失した。



    続く



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    時の片~かけら  13

     10, 2012 07:00
    2002年 7月23日





    バイトの帰りに眼鏡橋を渡ろうとしていた時にそれは起こった。


    目映い光が突然目の前を覆い、その直後浴衣を着た女性が目の前に現れた。

    あまりの出来事に僕は言葉を失った。

    到底信じられない光景だった。

    女性は踞(うずくま)って具合が悪そうに見えたが・・・・





    いきなり目の前が明るくなり私はまたあの石橋に居た。

    体が消える寸前に全てを思い出した筈なのに、この一瞬で一番大事な事をまた忘れた気がした。

    でも、・・・・うん、名前は森田早苗、看護婦の卵で就職前に一人旅で長崎に旅行に来た。

    住所は・・・・あ、・・・・忘れている・・・でも、もっと大事なことがあったような・・・

    でも、きっと思い出せる・・・大丈夫だ・・・・

    あ、・・・幸治君・・・潤子さん・・・

    帰らなくちゃ・・・





    僕はありったけの理性を動員してなんとか平静を装い彼女に声を掛けた。


    「あの・・・大丈夫ですか?」


    突然話しかけられてちょっと驚いた様子だったが、意外と平気そうに笑顔が返って来た。


    「ああ・・・スイマセン、大丈夫です。ありがとうございます。」


    そう答えて彼女は立ち上がり歩き出そうとした。

    しかし足を踏み出そうとした瞬間、彼女は再び踞ってしまった。


    「大丈夫ですか?どうしました?」


    「スイマセン・・・頭痛が酷くて・・・・痛い・・・」


    「頭痛ですか?頭のどの当たりが痛みます?」


    「あの・・・」


    怪訝そうに彼女はこちらを見上げた。


    「あ、すいません。変な奴じゃ無いので安心して下さい。医大生なんです。」


    「そう・・・頭の上半分が凄く痛むんです・・・・でも、大丈夫ですから・・家もすぐ近くなので・・・」


    「そうですか?・・・じゃあ、家までお送りしますよ。」


    「いえ、そんな・・・」


    「いや、僕の家もすぐ近くなので気にしないで大丈夫です。」


    彼女は少し迷っていたようだが一人で歩くのはちょっと大変そうで結果、僕のお節介に応じた。

    勿論、僕のお節介は親切心ばかりから出たものでは無い。

    白昼突然目の前に人が現れるなんて・・・医学生としては認められない。

    それは物理世界の否定だ。

    きっと何かの見間違えか・・・故意に仕掛けられたトリックに違いない。

    それを確かめたかった。


    彼女を支えながら自宅まで送り届けた・・・・・が、・・・・




    どういう事だ!




    「あなたが何故この家を知っているんですか?!」


    「えっ?・・・何故って・・・・この家に住んでいるからです。」


    「嘘を言わないで下さい!・・・・ここは・・・僕の家です!」


    「えっ?・・・・どういう事?・・・」


    「それはこっちが聞きたい!・・一体何なんだ!・・・突然現れたり・・どんなトリックを使ったんだ!何で僕の家に来たんだ!何をするつもりなんだ!」


    矢継ぎ早に問い詰めたが、彼女も困惑の表情で答えられないようだった。


    「あ、あの・・・ここが家って・・・潤子さんをご存知?」


    いきなり母の名前が出てきて面食らった。


    「何で・・・母を知っているんですか?」


    僕の答えに今度は彼女が面食らったようだった。


    「えっ!・・・母って・・・・こ・・う・・じ・・くん?・・・」


    またまた、僕が面食らう番だった。



    続く




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    時の片~かけら  14

     22, 2012 07:00



    「えっ!・・・母って・・・・こ・・う・・じ・・くん?・・・」



    いきなり自分の名前が出てきて面食らっているその目の前で彼女が気を失った。

    倒れる寸前彼女を抱きとめた時、僕は強烈な既視感に襲われた。

    何故?見ず知らずの女性を抱きとめたこの瞬間に。


    訳がわからない事だらけでパニックになりそうだったが、取り敢えず彼女を抱きかかえ家に入った。

    ソファーに横たえて冷やしたタオルを頭に乗せ、脈と呼吸の状態を確かめる。

    どうやら一時的に気を失っただけのようだ。


    それにしてもこの状況は異常だ。

    白昼、人が突然目の前に現れ、しかも僕の家に住んでいると言う。

    母や僕の事まで知っているようで、それもまた謎だ。

    それにあの強烈な既視感は何なんだろう・・・

    まるで何度も経験したことがあるような感じ・・・

    見たことがある、と云うレベルではなかった。

    実際の経験として記憶に残っている・・・それほどの既視感。

    答えなんか出るはずもない堂々巡りの思考をかなりの時間繰り返していると、彼女が目を覚ました。


    「う~ん・・・・・」


    ゆっくりと体を起こすと一瞬びっくりした様な表情をしたが、意外にもここはどこだのどうだのこうだの・・等の質問が飛んで来ることはなかった。


    「気がついた?・・・一体何がどうなっているのか説明してもらえるかな?」


    僕は出来るだけ穏やかに彼女に語りかけた。


    「少し・・・・考えさせて・・・・私も良くわからないの・・・・」


    分からないと言いつつも、何故だか怯える様子も無く穏やかな返事が返って来た。

    僕はちょっと不満ではあったが、ここで問い詰めても答えが変わりそうにはなかったので頷くしかなかった。


    「ちょっとトイレお借りします・・・。」


    「ああ・・・はい・・えっと・・・トイレは・・・」


    全部言い終わるその前に彼女はサッサとトイレのある方へと廊下を歩き始めた。

    パニックになりそうなのはこっちの方だ。

    何故彼女はうちのトイレの場所まで知っているんだ!

    この家は結構旧家で入り組んでいておいそれと部屋割りがわかるとは思えなかった。

    彼女が戻るや否や一気呵成に僕は彼女を問い詰めようとした。


    「ごめん。もうチョットだけ待って。ちゃんと考えるから・・・」


    機先を制され僕は何も言えなくなってしまった。その上・・・


    「幸治君、私、お腹空いちゃった・・・何か食べさせて・・・」


    な、なんだ~?

    この状況で何か食わせろって・・・・怒鳴り散らそうと思って息せき切って言葉を吐き出そうとしたが、彼女の僕を見る目に思わず引き込まれ・・・


    「あ、はい・・・・ちょっと待って・・・」


    完全に彼女のペースに嵌ってしまった。

    しかし、それが意外と腹立たしくなく・・・いや、懐かしい感じさえしたのだ。


    取り敢えず有り合わせで冷やし中華を作って彼女に食べさせた。

    食べ終わるとひと呼吸おいて、彼女はこの状況を説明し始めた。



    それはとても信じられない驚くべき内容だった。




    閑話休題



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    時の片~かけら  15

     24, 2012 07:00

    勿論、私は酷く動揺していた。

    動揺しない訳が無かった。

    いきなり大人の幸治くんが目の前に現れたのだ。

    しかし看護学校での平静を装う訓練が生きた。

    穏やかに何事も無いかの様に幸治君に食べ物まで頼んだ。

    幸治君もどうしてか始めの剣幕とは打って変わって落ち着いて、私が事情を説明するまで待つ気でいるようだ。


    この状況を説明出来る唯一の答えは、私がタイムスリップしたと云う事だ。

    幸治君が料理を作りにキッチンに立った間に私は新聞を探した。

    探し出した新聞の日付は恐るべきものだった。



    2002年 7月23日・・・・


    そんな・・・・20年も過ぎている・・・・

    本当なら私は42歳になっている・・・

    慌てて近くにあった手鏡で自分の顔を確認したが、早苗は22歳のままだった。

    あの日のまま・・・あの日からタイムスリップを繰り返したんだわ・・・

    さっきまでの幸治君は10歳だった。

    丁度10歳の誕生日に私は幸治君と潤子さんに助けられた。

    そして・・・今は20歳になった幸治君と一緒にいる。

    でも、これをどう説明すればいいのか?

    全てを正直に話しても信じられる訳が無い。

    自分自身そうとしか説明がつかない今でさえ信じ難いのだ。

    幸治君が冷やし中華を作って来て、食べさせて貰っている間に頭をフル回転させて納得しうる説明を考えた。

    そして徐ろに話し始めた。


    「私が初めて潤子さんと会ったのは幸治君のお父さんが亡くなった年で、その時私も母を亡くして世話をしてくれる人がいなくて・・・」




    彼女が説明を始めそれを僕は黙って聞いた。

    彼女の話を要約すると・・・

    丁度10年前僕が父を亡くした年に彼女も母親を亡くし父親が仕事で海外に行かなくてはならなくなり面倒を見てくれる人がいなくて、母親が以前僕の母の旅館に勤めていた縁でしばらく個の家で暮らした・・・と、云う。

    僕が覚えていないのはその当時僕は記憶障害を患っていたから・・・

    確かにその通り僕はその時、父が亡くなった年の記憶が今でもほとんど無い。

    反論する余地はなさそうに思えた。

    そして、今日は久しぶりに長崎に旅行に来たので寄ってみた・・・と云う事だ。

    確かに辻褄は合っていた・・・・が、僕は信じられなかった。

    何故なら・・・当たり前だ。

    彼女は文字通り、目の前に降って湧いたのだから。

    しかも僕を幸治と知った時の、あの気を失う程の動揺は全く説明が付かない。

    そこで僕はちょっとした罠を仕掛けてみた。


    「ふ~ん・・・・大体分かりました。ところで、母と最後に会ったのはいつ頃ですか?」


    「えっ・・・あ、え~っと・・・」


    明らかに動揺していた。


    「・・・た、多分、3~4年前位の花火大会で・・・」


    引っかかった!


    「・・・・・早苗さん?でしたっけ?・・・」


    「ええ・・・そう、昔は幸治君は早苗お姉さんって呼んでたのよ・・ふふ」


    「じゃあ・・早苗お姉さん・・・」


    「はい・・何かしら?・・・ふふ・・なんだか懐かしい・・・」


    「・・・嘘はその位で、本当の話をお願いします!」


    「えっ!・・な、何で・・嘘だと・・言うの?」


    「・・・それは・・・母は、5年前に亡くなったからです。3~4年前に会える訳が無い!」


    「えっ!・・・あ、・・そ、それは・・・もしかして5年前だったかも・・・」


    「母は亡くなる前2年ず~っと入院していました。」


    「えっ?・・・・・あの・・・・じゅ、潤子さんが亡くなったの?・・・」


    彼女は本当に驚いたようだった。


    「いい加減に認めたらどうですか?・・・そして、ちゃんと本当の話をして下さい。」


    彼女が本当に困って、しかも落胆したのを初めて見た気がした。

    そして諦めたのか淡々と始めた話は更に信じ難いものだった。

    20年前からタイムスリップしたと言うのだ・・・

    僕の頭は完全にパニックに陥った。



    閑話休題



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    時の片~かけら  16

     29, 2012 07:00

    真夏のギラギラした日差しの中、ちょっと驚いた表情の青年が私を見ている。

    そう、これは私が小さい頃からずっと見続けている夢だ。

    そしてこの青年は私の初恋でもあった。

    いつものほんわりした思いで夢見心地・・・の筈だったが、今日は違った。

    その光景は昨日眼鏡橋で幸治君と再会した時の光景だったから。

    髪型や顔立ちが少し違う気がするけど、これは夢だから全く同じと云う訳にはいかないのだろう。

    私の初恋は・・・幸治君だったんだ・・・・

    この夢は私の未来の思い出だったんだ。

    夢の中で納得した時、目が覚めた。







    彼女が話終わって僕は幾つか質問をしたかったが、母が亡くなったのが思いのほかショックだったらしく詳しい話は明日・・・と云う事になった。

    流れで彼女を泊める事になったが、こっちが準備を始める前にさっさと客間に行って何から何まで終わらせたのには驚きを通り越して・・・・不思議な感覚だった。


    勿論、昨日の彼女の話を全て納得した訳では無い。

    だが、彼女の話を信じれば全ての事の辻褄が合うのも事実で、悩ましいところだ。


    幸治は色々考えて寝付けず少し寝坊したが、取り敢えずは何時もの様に朝食の支度を始めた。

    母が中学生になったばかりの頃入院したため、今では主婦並みの手際で家事をこなす事が出来る様になっていた。

    粗方支度が済んだ頃早苗がキッチンへ姿を現した。


    「おはよう、幸治君。」


    「ああ・・・おはよう。・・・よく眠れた?」


    「うん・・・・」


    そう答えた彼女の顔が少し赤らんでいるのが見えた。


    「あれ・・・ちょっと顔が赤いね・・・熱でもあるのかな?」


    幸治は早苗の頭に何気なく手を当てた。


    「だ、大丈夫です!」


    早苗が飛び退く勢いで後ずさりしたので幸治は少々驚いたが、額の感じでは熱は無さそうだったので少し安心した・・・・

    何故安心したのか?深く考えることなく早苗に食事を勧めた。


    「食事の用意が出来ているから・・・食べよう。話はその後で。」


    「あ、ハイ・・・ありがとう。」



    「頂きます・・・」


    二人の言葉が重なった。




    「ハッピーアイスクリーム!」



    幸治が声をあげた。


    「えっ?」


    「あ、知らない?同じ事言ったら言わなきゃしっぺだよ!」


    「えっ?」


    「はい・・・手を出して・・・・」


    「あ・・・えっ?・・・」



    有無を言わさず幸治が早苗の手を取り手首にしっぺした。



    「痛い!・・・ひど~い!手加減無しなの~?」


    「(ヾノ・∀・`)ナイナイ!ルールだもん。」


    「もう!・・・・( ^ω^)・・・・(*^。^*)」



    お互い緊張気味だった雰囲気が一気に和んだ。

    幸治は家業の旅館で育った為、子供の頃から人を和ませる術を知らず知らず身につけていた。


    「食事が終わったら取り敢えず病院に行こう。昨日の頭痛の様子はちょっと検査した方がいいと思うんだ。」


    「あ、・・・でも・・・この間、潤子さんと・・あ、ごめんなさい・・・」


    「いや・・・気にしないで。もう5年も過ぎているから大丈夫だから。」


    「・・・そうなのね・・・私は・・昨日まで一緒にいたの・・・」


    「あ・・・うん・・・そうか・・・昨日の話が本当ならそうなるんだね・・・」


    「・・・やっぱり信じられないわよね・・・」


    「・・・あ、うん・・・ごめん・・まだ、完全に信じられてはいないんだ・・」


    「ううん・・・当然よ・・・私だって未だに信じられない気持ちはあるもの・・」


    「うん・・・まあ・・・とにかく検査してみよう。その・・10年前には無かった検査とかも今はあるし・・・」


    「あ、そうなの?じゃあ・・・私の知らない検査とかあるのかな?」


    「そうだった・・・看護婦の卵だって言っていたよね・・・」


    「うん・・・本当なら来年から正式に看護婦さん(*^。^*)」


    「そうか・・・まあ・・・食べよう・・腹が減っては戦は出来ぬってね・・」


    「ぷぷぷ・・・幸治君ったら、いつの頃の人よ!(*^。^*)あ、そうだ!1日遅れでごめんなさい。お誕生日おめでとう!」


    「あ・・・そうか・・・僕の誕生日も知っているんだね・・・」



    幸治の心に早苗を信じる気持ちが強く芽生え始めた瞬間だった。



    閑話休題




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    時の片~かけら  17

     30, 2012 07:00
    母校でもある長崎大学病院に早苗を伴い検査に向かった。

    病院に着くなり、両親が経営していた温泉旅館の常連でもあり、また幸治の後見人、恩師にも当たる脳外科の教授、諸熊を訪ねた。

    教授が信じるとは思えなかったがそれまでの個人的な付き合いの気軽さで幸治は早苗の話をありのまま話した。



    「まあ・・・先生が信じられるとは思いませんけど・・・そう云う感じなんです。」


    「おや?どうして私が信じ無いと決め付けるのかね?」


    「えっ?・・・だって、普通信じ無いと思いますよ・・・物理の法則無視ですもん・・・」


    「ハハハハハハ・・・幸治君、現在の物理の法則が絶対なんて考えちゃいかんよ。100年前の物理の法則が絶対では無かった様に、現在のそれも絶対では無いのだよ。」


    「ε=(・д・`*)ハァ…そう言われれば・・・そうですね・・・」


    「ふむ、で、早苗さんだったかな?・・・その、タイムスリップする前後に激しい頭痛がするんですね。」


    「あ、ハイ・・・歩くのもやっとみたいな感じでした。」


    そう答える早苗が教授をじっと見つめているのがちょっと不自然な感じで幸治は思わず早苗にそれを問いただした。


    「早苗さん、教授をそんな感じで睨む・・・というかマジマジと他人を見つめるのは失礼になるよ・・・どうしたの?」


    「あ・・・・ごめんなさい・・・私・・・つい先日・・10歳の幸治君とここに来たばかりで・・・その時の担当の先生が多分諸熊先生だった・・様な気がして・・・」


    「えっ?」



    教授と僕は同時に驚きの声を上げた。

    勿論、教授にハッピーアイスクリームはやらなかったが・・・



    「う・・・・む・・・そう言われてみれば、確かに幸治君の記憶障害の治療をやっていた時女将さんから記憶喪失のお嬢さんの治療を頼まれた覚えがありますねぇ・・・
    ただ、そのお嬢さんは記憶が戻って家に戻られたと、その後連絡がありましたが・・」


    「そんな事があったんですか?僕は全然記憶にないんですけど・・・」


    「うん・・・幸治君はその年の記憶が抜け落ちているからね・・・ふむ、お父さんの不幸が原因だと思っていたけど、早苗さんの話からすると早苗さんが10歳の幸治君の目の前から消えた事も幸治君の記憶障害の要因の一つになっている様な気がするねぇ・・・」


    「えっ?・・・ごめんなさい・・・私がご迷惑を掛けたばかりに・・・」


    「あ、イヤ・・そういう意味ではなく、記憶の障害には色々要素が重なる場合があるという話です。気にしないで大丈夫ですよ・・・なあ、幸治君。」


    「ええ、はい。早苗さん気にしないで。別に不便があるわけでもないし( ^ω^)・・・」



    既にこの時点で幸治は早苗の話を完全に信じる事に決めたようだった。



    教授はそれから医局や資料室等に10年前のカルテを探すように手配してくれたが、残念ながら既に廃棄処分になってしまったらしくその時の検査結果等は解らずじまいだった。

    それならばと、教授自ら早苗の検査を買って出た。

    最新の設備を使った検査となると費用もかなりの金額になるが、教授の研究目的と云う事で無償にて・・・これは幸治と早苗には有り難かった。

    以前とは違い、検査結果もその日のうちに出る。

    早苗と幸治は病院の談話室にて結果を待つことにした。


    「幸治君・・・」


    早苗がちょっと言いにくそうに口を開いた。


    「うん?何?」


    「私ね・・・本当は観光に長崎に来たの・・・」


    「ああ・・・そうだね・・・」


    「でも、全然観光してないんだ・・・どっか案内してくれる?」


    「ハハハハハハ・・・そんなことか~・・・深刻そうに何事かと思っちゃったよ。オッケイ!結果を聞いたら案内してあげるよ。」


    「本当に?・・・嬉しい。ありがとう!」


    「どういたしまして♬・・・どこから行こうかなぁ~・・」


    「お任せします!よろしくねっ!」


    そんな話をしながら時間を潰していると、結果が出た旨の知らせが来たので教授の部屋に向かった。


    「教授、どうですか?何か分かりましたか?」


    部屋に入るなり幸治が教授に声を掛けた。


    「ハハハ・・まあ、二人共掛けなさい。」


    「あ、スイマセン!気が急いてしまって・・・」


    自分より緊張している幸治を見て早苗はちょっと嬉しくなった。


    「まず、検査の結果・・肉体的に異常と思える所はありませんでした。健康体そのもの・・・です。」


    「そうですか・・・・ヨカターヨ・゚・(ノД`)・゚・・・」


    またまた、自分より安心している幸治に早苗は思わず笑顔になった。


    「良かったね、早苗さん・・・」


    笑顔の意味を多分幸治は取り違えていると思ったが、それを口に出す事は出来ずに早苗は幸治に頷く。


    「しかし・・・・ちょっと不思議な事が解ったんです・・・」


    教授の言葉に若干不安そうに二人は顔を見合わせた。


    「なんでしょう・・・・私は大丈夫です。ハッキリ言って下さい。」


    早苗の気丈な言葉に諸熊は笑顔を見せながら続けた。


    「この写真を見てください。」


    MRIで撮影した早苗の脳の断片写真だった。


    「早苗さんの・・・ここの部分だが・・・普通ここはナイトヘッドとかスリープブレインとか呼ばれる部位で、ほとんど活動してないんだけど、早苗さんの場合この部位の活動が非常に活発になっています。」


    「え・・っと・・・教授、それは何を意味するんですか?」


    「うん・・・・それなんだが・・・・・」


    教授の言葉が途切れ言いにくそうなのが二人を不安にさせた。


    「先生・・私は大丈夫ですから・・・ハッキリ言って下さい。」


    再び早苗が気丈に問いかけた。


    「う~ん・・・・・それは・・・・」


    息を飲む二人。




    「・・・・わからん!」




    教授の言葉に二人が文字通り・・・・ズッコケた。



    閑話休題




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    時の片~かけら  18

     31, 2012 07:00
    「教授~・・・・」


    拍子抜けした幸治が諸熊にそりゃないでしょ・・・って感じの視線を向ける。


    「あ、イヤ・・・まあ、解らないのだけど・・・これは個人的な意見として言うと・・」


    「あ、ハイ・・・」


    「このナイトヘッドの活動がタイムスリップと密接な関係を持っているのは想像に難くない、と云う事だね。」


    「じゃあ早苗さんのタイムスリップは外的要素では無くて自身の内的要素で起こっていると云う事ですか?」


    「うん・・・そう云う事になるかな。ただ、そのナイトヘッドの活動が活発になった理由は最初の眼鏡橋の崩落時に、多分・・・頭を強打したのが原因と考えられるけれどね。」


    「そうですか・・・じゃあ先生、私の記憶の一部が無い事もその事と関係しているんでしょうか?」


    「そうですね、頭部の強打はしばしば記憶喪失の原因になりますね。」


    「ヘー(´ν_.` )ソウナンダ・・・僕の記憶障害とは原因が違うんですね・・・」


    「そうだね。幸治君の記憶障害は主に心理的要素が関係していると思われるからね。」


    「ε=(・д・`*)ハァ…・・・教授、それで・・・治るんですか?」


    「う~ん・・・・それは何とも言えないな~・・・申し訳ないけど・・・すまないね早苗さん。」


    「いえ、そんな・・・」


    「教授、じゃあ、どうすればいいんですか?」


    「う~ん・・・取り敢えず、なるべく脳の活動を活発化させないように安静にしておくことと、・・・あまり深く考えすぎてストレスを貯めない様にする事が今最善の策かなぁ・・・」


    「はあ・・・・教授、市内観光とかもマズイですかね?」


    「いや・・・それは構わないんじゃないかな。リラックスすることはストレスの発散に繋がるしね。あと、安定剤を出しておくから服用して下さい。」


    「はい、分かりました。本当にありがとうございます。見ず知らずの私の為に・・・」


    「イヤイヤ・・・女将さんの頼みがキチンと効けて私も胸のつかえが降りましたよ。」



    取り敢えず毎週検査をしてみて様子を見てみよう、と言う事でその日の診察は終わった。

    しかし、早苗にとって来週とは・・・・



    その日は既に日暮れに差し掛かったので市内観光は翌日からと云う事にして帰りに幸治の親戚がやっている割烹で夕食を取り帰宅した。


    そうして2日目は終わった。



    3日目、4日目と幸治は早苗を市内観光に連れ出した。

    ややもすれば沈みがちな気分を幸治が明るくしてくれる。

    ただ一つ気になっている事が早苗にはあった。

    自分の家族がどうしているか?と云う事だ。

    住所だけがどうしても思い出せなくて捜す術が無かった。

    だが、どうしても気になり幸治に相談してみたところ、じゃあ警察に行ってみようと当事者の早苗より張り切りだして5日目は朝一番に出かける事になった。


    警察に着くなり幸治の熱心なお願いが始まり、あやふやな情報しかなく見つかりそうもない事案に乗り気が全く無かった担当の警察官さえその心持ちに気持ちを動かされ懸命の捜索?が始まった。

    早苗はそんな幸治の姿に寄り添う自分の気持ちを自覚し始めた。

    元から幸治は早苗の初恋の相手で(夢の中で会えるだけの相手ではあったが・・・)想いが心に溢れるのに時間は掛からなかったのだ。

    あちこちから資料を引っ張り出して探した結果、20年前の森田早苗と云う女性に対する捜索願が見つかった。

    コンピューターに入力されていない事案でその当時から資料として抜け落ちていた可能性があり、担当した警察官が恐縮した面持ちで謝罪して追跡調査に応援まで駆り出し午後には早苗の家族の消息が判明した。

    しかし・・・・それは、早苗にとって余りにも残酷な結果となった。


    「え~っと・・・・お探しの森田さん一家、森田和彦、陽子ご夫婦と次女の瑠璃子さんですが・・・・ご主人の転勤で東京から神戸に1993年に転居されていまして・・・残念ながら、1995年1月17日・・・阪神大震災に被災され、お三方共お亡くなりになっています。・・・残念な結果で申し訳ありません。」


    まるで自分の責任でもあるかの様に担当警察官が頭を下げた。


    「えっ?あの震災で・・・・」


    幸治は驚きでそれ以上言葉が出なかった。


    「・・・・亡くなった・・・って・・・みんなですか?・・・・」


    早苗は初めて聞く阪神大震災と云う響きに戸惑いながら、家族みんなが一度に亡くなった事が信じられなかった。


    「幸治君・・・阪神大震災って・・・」


    「あ、うん・・・凄く大きな震災で5000人以上亡くなったんだ・・・」


    それ以上掛ける言葉が見つからない。慰めようも無かった。

    しかし、早苗は気丈に振舞った。


    「そう・・・そんなに・・・私の家族もその中に・・・」


    応援を含めその場に居た警察官全員が頭を下げていた。


    「お忙しい中ありがとうございました。」


    早苗が深々と警察官に頭を下げ二人は警察署を後にした。





    警察署を出た二人を真夏の太陽が出迎えた。


    ジリジリと焼け付く日差しに早苗は顔を上げた。


    その頬には涙が溢れていた。


    それを見て・・・後ろから掛ける言葉もなく黙って歩いていた幸治は思わず早苗を抱きしめた。



    「大丈夫だよ!早苗さんは僕が守るから!必ず僕が守るから!」


    そう言いながら幸治はまたしてもあの強烈な既視感に襲われた。



    早苗は幸治のその言葉で全ての記憶を取り戻し、幸治の胸にすがって嗚咽を漏らした。

    やがて嗚咽は号泣に変わった。





    早苗も幸治もお互いこの世で一人きりだった。



    続く


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    時の片~かけら  19

     01, 2012 07:00
    早苗が落ち着くのを待って、二人は自宅へ戻った。

    今日は流石に観光どころでは無い。



    自宅へ戻った後も早苗はふさぎ込みソファーで膝を抱えて多分・・・泣いていた。

    幸治も掛ける言葉が無く黙って傍にいてやることしか出来無かった。

    愛する家族を失う辛さは良く分かっていたし、また、それはどんな言葉も慰めにならない事も分かっていた。


    夕食は簡単に有り合わせで済ませた。

    買い物などで早苗を一人にするのが心配でもあったし、幸治自身も少々心が折れ気味で込み入った物を作る気力が無かったのだ。


    早苗が無理して食事を摂っているのは分かっていたが、敢えて幸治はそれを知らない顔をして黙々と箸を進めた。

    その後風呂の準備もいつものように始め、早苗に入るように言葉をかけ、自分は後片付けをまた黙々とこなした。





    幸治の何気ない心遣いに感謝しながら早苗は悲しみに耐えていた。

    折れそうな心を幸治が傍で支えてくれていた。


    下手な慰めを言われていたら多分早苗の心は折れていた。

    自らに起こったタイムスリップと云うとんでもない事態の上にその結果としての家族みんなの死が追い討ちをかけたのだ。

    幸治はただ黙って早苗の体と心を抱きしめてくれた。

    それだけで十分だった。


    早苗は人生で最悪の不幸と最高の幸福を一度に手にしていた。






    静かに時は過ぎて夏の夜は更け始めた。


    「そろそろ寝ようか・・・・大丈夫だよね、早苗さん・・・」


    「うん・・・・ありがとう・・・大丈夫・・・・」


    「うん、じゃあ・・・おやすみ・・」



    幸治がちょっと心配そうな目をしながら早苗を見つめ、少しだけ微笑んでお休みの挨拶をした。

    その時早苗はそれまでの気丈さが自分の強がりで在る事に気がついた。

    幸治に傍にいて欲しかった。



    「待って・・・・やっぱり・・・もう少しだけ・・・傍にいて・・・・」


    「あ・・・うん・・・もちろん・・・いいよ・・・」



    早苗の隣に座り直した幸治だったが、何となく微妙な空気が二人の間に漂った。

    お互いちょっと気まずくもあり、気恥かしさも同時に感じた。



    その時、幸治が意を決した様にいきなり早苗の肩に腕を回した。


    「えっ?・・・・」


    早苗はちょっとびっくりして幸治を見上げたが、幸治が余りにも緊張の面持ちでまっすぐ前を見つめていたので少し可笑しくて思わずクスクス笑ってしまった。


    「な、なんだよ~・・・別に可笑しくないだろ・・・」


    ちょっと気色ばむ幸治に再び笑いがこみ上げて、早苗はそのままの姿勢のまま幸治の胸に顔をうずめた。

    顔をうずめクスクス笑っている早苗を幸治はそっと抱きしめる。


    今度は早苗も笑うことなく幸治の背中に自らの腕を回した。

    そのまましばらくお互いの心を抱きしめていた。



    しばらく後、どちらからともなく顔を上げ見つめ合う二人・・・・

    そして二人はそっと唇を合わせた。



    夏の夜は更けていった。




    続く



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    時の片~かけら  20

     04, 2012 07:00
    翌朝目が覚めて自分の腕の中で眠る早苗に幸治は不思議な感覚を覚えた。

    あの強烈な既視感とは違う平凡な日常の繰り返しでいつも早苗が自分の隣に居た様な・・・・



    じっと早苗を見つめていた時、早苗が目を覚ました。


    「(´・д・`) ヤダ・・・そんなに見ちゃ・・・恥ずかしいじゃない・・・」


    「あ、ごめん・・・( ^ω^)・・・」


    と、謝りながら幸治は早苗の唇を塞いだ・・・勿論、自分の唇で・・・


    「あん・・・・もう・・・」


    言葉とは裏腹に早苗も幸治を求めた。



    6日目は二人共1日中ベッドから離れる事無く・・・延々と愛を確かめ合った。

    二人の幸せな日々がこれから永遠に続くかと思われた1日だった。





    7日目。


    ずっとベッドで過ごしていたい思いの二人だったが、さすがにそうはいかない。

    その日は幸治のバイトが入っていたので、朝食を共に摂った後幸治は出かけなければならなかった。

    早苗の心痛が心配ではあったが、早苗が大丈夫だと幸治に告げたので休む事無く出かける事にした。

    早苗の言葉が強がりでは無く、幸治と結ばれた事で少し落ち着いた感じだったのだ。

    明るく幸治を見送った早苗であった。




    しかし、幸治がバイトを終えて帰宅した時には状況は一変していた。

    早苗は居間のソファーで頭を抱えて苦しんでいた。


    「早苗さん・・・どうしたの?!」


    慌てて駆け寄る幸治に早苗はなんとか顔を上げて笑顔を見せた。


    「大丈夫・・・ちょっとだけ、頭痛がしてるだけ・・・・」


    強がってはいたがその声は痛みに震えていた。


    「ク、薬・・・・」


    幸治は急いで教授から処方された薬を早苗に飲ませた。


    「あ、・・・ありがとう・・・」


    早苗の無理に作ろうとした笑顔が苦痛に歪んだ。


    「無理しちゃダメだ・・・」


    幸治はそのまま早苗を抱きかかえてベッドに運び寝かせた。

    その後教授に連絡して応急処置の方法を聞いたが、教授も大した助言が出来る筈もなく・・・取り敢えず氷枕等で脳の活動を抑制するぐらいしかやる事が無かった。


    早苗の傍に戻った幸治は早苗を失うかもしれない恐怖に打ち震えた。


    「幸治君・・・大丈夫よ・・・心配しないで・・・・私は絶対もう・・・幸治君の傍を離れない・・・だから、・・・抱きしめていて・・・」


    辛さを懸命に隠して幸治にそう告げた早苗の体が微かに光を帯びていた。


    またしてもあの強烈な既視感が幸治を襲う。

    我を忘れ早苗を強く抱きしめる。

    抱きしめた早苗の体から発せられる光が明るさを増す。





    あの頃の記憶が今までハッキリしなかった。

    今の今まで。

    この手の中から彼女が消え去ろうとしているこの瞬間、僕はハッキリと思い出した。


    「行かないでくれ。」


    「ごめんね…、幸治くん。私やっぱり…」


    言い終わらないうちに、その姿は消え去った。




    僕はまたしても彼女を守ってあげる事が出来なかった。



    続く




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    時の片~かけら  21

     05, 2012 07:00
    早苗が幸治の腕の中から消失して数年が過ぎた。


    早苗を再び失った幸治はその後諸熊教授の元、脳外科医として大学病院で勤務する傍らナイトヘッドの活動沈静化の研究を始めた。

    10年後、三度(みたび)早苗を失う事だけは絶対に避けたい。

    早苗との約束を守る為に幸治は寝食を忘れ研究に没頭した。



    諸熊教授以外は誰も早苗のタイムスリップを信じなかったが、そんな事は幸治にとって全く関係なかった。

    そのような態度で勤務するうち、いつしか変わり者扱いされ始め幸治の周りには誰も近寄らなくなった。

    それでも幸治が挫ける事はない。



    そして・・・時との約束の日が後1年と迫った年、遂に幸治はナイトヘッド活性化の原因物質を特定することに成功した。

    頭を強打することによりナイトヘッドにディープインパケットと云う悪玉タンパク質が瞬間的に異常増殖する事を突き止めたのだ。

    その後の研究でこの悪玉タンパク質を食べてナイトヘッドの活性化を抑えてくれる体内物質も新たに発見した。

    ここまでくれば服用薬の開発までさして時間は掛からなかった。




    そして・・・約束の日、2012年7月23日・・・幸治は30歳の誕生日を迎えた。



    その日幸治は朝一番で眼鏡橋に向かった。

    早苗が現れるのはこれまで2度の経験から夕刻である事は分かっていたが、それ迄呑気に待ってなどいられなかった。

    真夏の日差しが朝一番からジリジリと幸治に降り注いだ。

    だが、幸治にはそれさえも早苗との思い出として懐かしかった。

    早苗に会いたい・・・それだけが幸治の生きる支えになっていた。

    正午を過ぎるとますます日差しは強くなったが、幸治はその場所を動こうとはしなかった。

    そして・・・・遂にその時がやって来た。

    午後6時・・・・早苗との再会の瞬間・・・・






    だが、早苗は姿を現さなかった。




    幸治は動揺した。

    それでも待ち続けた・・・・ほんの少しだけ時がズレただけに違いない、と、自らに言い聞かせながら・・・

    しかし、午後7時、8時、9時・・・

    遂に日付が変わった。

    幸治は混乱してパニックに陥った。




    そこに連絡が来ない事に不審を抱いた諸熊教授がやって来た。


    「教授!・・・・どうして・・どうして・・・早苗さんは現れないですか?・・・」


    座り込み立ち上がれず、全身を震わせながら問いかける幸治を諸熊が抱きかかえた。


    「大丈夫だ、幸治君!彼女が死んだ訳ではない。きっと何かの法則があるんだ。それを一緒に考えよう!諦めちゃいかん!」


    諸熊の言葉に幸治も多少冷静さを取り戻し、諸熊に抱きかかえながら帰宅の途に着いた。





    その後数年に渡り二人で研究を重ねた結果・・・

    どうやらタイムスリップにも相対性理論が関係しているのではないか?と云う結論に達した。

    E=mc2(注:二乗です)


    2乗と云うところがポイントだと結論が出た。


    しかしながらその2乗に対する変数が二桁では無く十の位のみが関係しているのではないか・・・

    それが教授と幸治が、研究を重ねた結果出た結論だった。



    つまり、最初のタイムスリップは10年間の時を超えた。

    2度目も一見10年間のタイムスリップに見えるが実は最初の時から見ると20年間の時を超えたことになる。

    ここがポイントで、2度目のタイムスリップは10年間の十の位の数字が1、その2乗であるため1度目と同じく10年間の時空を超える。

    しかし3度目の今回は20年間の十の位の数字が2になる為、今回早苗が超える時空の年数は2の2乗の40年間になると云うものだった。

    早苗が次にあの眼鏡橋に現れるのは幸治の60歳の誕生日、2042年7月23日ということになる・・・・



    自ら導き出した結論に幸治は絶望した。





    諦めきれずにその後数年間は誕生日になると眼鏡橋で過ごす事が続いたが、再びの10年が過ぎた40歳の誕生日にも早苗が現れなかった事で、幸治はその運命を受け入れた。



    早苗がこの世界に戻った時に自分は60歳・・・早苗は22歳のままだ。

    その後の早苗の人生を犠牲にするわけにはいかない。

    今生で早苗と結ばれる事は諦めるしかなかった。


    しかし、早苗を助ける約束だけは何としても守りたかった。

    また、早苗を忘れる事も出来そうも無かった。




    そんな幸治を唯一分かっていた諸熊が友人の孫娘を幸治に引き合わせた。

    幸治の事情をキチンと話して聞かせた上での縁談だった。


    その女性はとても出来た人で・・・何もかも受け入れる覚悟を幸治に伝え、幸治が早苗との約束を果たすことを応援するとまで言ってくれた。


    幸治はその申し出を断る理由も無く、しばらくの付き合いを経て二人は結婚した。

    その後二人は、息子と娘を授かり平凡ではあるが穏やかな人生を過ごした。





    そして、その年・・・幸治が60歳になる年を迎えた。

    だが、神はあくまでも残酷だった。


    その年の初頭、幸治は体調を崩し検査を受けた。

    結果・・・・末期の肝臓がんで余命3ヶ月というものだった。


    「先生・・・私は、今死ぬ訳にはいかない・・・なんとか・・・夏まででいいからもたせてくれ・・・・」





    幸治の悲痛な願いだった・・・・

    もう1度、もう1度だけ・・・一目だけでも、早苗に会いたい・・・・

    早苗との約束を果たせずに死ぬわけにはいかない。




    続く



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    2042年7月29日




    幸治はなんとか生きながらえたものの、誕生日前から意識を失ってICUで治療を受けていた。


    奇跡的に意識を取り戻したのは誕生日から1週間が過ぎた29日の昼過ぎだった。


    取り囲んだ妻子に日付を確かめた幸治は全ての力を振り絞り起き上がった。



    行かなければ・・・・幸治の命を繋ぎ止めていたのはその一念だけだった。



    「父さん!何をするんだ!動いちゃいけない!」


    「やめて・・・お父さん・・・・お願い・・・」


    子供たちの言葉に一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、それでも起き上がる事をやめる訳にはいかない。


    「お父さん・・・・」


    娘の言葉を妻が遮った。


    「行かせてあげて!・・・あなた・・・頑張って、行ってあげて・・・助けなくっちゃ・・・でしょ。」


    妻の頬を涙の雫が傳う。


    「済まない・・・・ありがとう・・・・」


    精一杯の感謝の言葉を妻に掛けて幸治は眼鏡橋に向かった。



    夕暮れの眼鏡橋に早苗がいる保証は無かった。

    ましてや、再会の約束の日を1週間も過ぎているのだから・・・



    しかし、幸治は早苗がそこにいることを疑わなかった。

    きっと幸治を待ち続けている筈だという確信があった。



    幸治はやっとの思いで眼鏡橋の袂に辿り着いた。



    眼鏡橋の中央に佇む早苗を夏の夕日が照らしていた。


    「早苗さん・・・・・」


    振り向く早苗の顔に驚きの表情が浮かんだ。


    「幸治君?・・・」


    「ああ・・・分るかい?・・・ごめんよ・・・すっかり遅くなってしまって・・・・」


    「当たり前じゃない・・・・」



    早苗が幸治に抱きつきむせび泣いた。



    「泣かないで早苗さん・・・・やっと会えたんだ。笑ってよ・・・」


    「だって・・・・だって・・・まさか、来てくれるなんて・・・・」


    「何を言ってるんだよ・・・・約束したじゃないか・・・早苗さんは僕が守るって・・・」


    「だって・・・40年も過ぎてるんだもん・・・・」


    「そうだね・・・びっくりしちゃっただろうね・・・ごめんよ・・・傍にいてやれなくて・・・」


    「ううん・・・来てくれただけで十分よ・・・一目会えただけで・・・もう思い残すことは無いわ。」


    「何を言ってるんだ・・・そんな事言っちゃダメだよ。早苗さんはこれから幸せにならなくっちゃ・・・ここに・・・う・・・」


    懐に入れた薬を取り出そうとした瞬間、心不全が幸治を襲い・・・・それを阻んだ。


    「幸治君!幸治君!しっかりして!ダメ・・・ダメ・・・私を一人にしないで・・・」


    溢れる涙を拭おうともせず早苗は幸治を抱きしめた。





    早苗の懐に抱かれながら幸治の意識は薄れ始めた。

    既に言葉を発する体力も無くなった。

    消えゆく意識の中で幸治は絶望した。

    遂に早苗を守ってやる事が出来なかった・・・・






    「幸治君・・・・幸治君・・・・愛してる・・・」





    息を引き取る寸前、幸治が微かに微笑んだ・・・・








    幸治の亡骸を抱きしめ泣き崩れる早苗を、七色の光が包み出し・・・・・静かに早苗は姿を消した。






    続く




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    自らの懐で事切れた幸治を抱きしめながら早苗は三度のタイムスリップを悟っていた。

    七色の光に包まれた体が消え行くのを放心して受け入れていた。

    早苗には最早生きる希望も目的も無くただ幸治の亡骸を抱きしめている感覚の消失に絶望するだけであった。



    再び真夏の太陽の下に晒された早苗が目にしたのは・・・・

    幼い頃から見続けた夢の中の青年が少々驚きの眼差しで自分を見下ろしている姿だった。


    「おわ~!・・・驚いたな~~~!まさか本当に・・・・」


    その青年が驚きの声を上げた。


    「幸治・・・君・・・?」


    早苗が混乱の中で問いかける。


    「イヤ・・・残念ながらご先祖様の幸治さんじゃないです。スイマセン。」


    微笑みながら早苗に答えた。


    「誰なの?・・・」


    「え~~~~と・・・この手紙によると・・・早苗さん?ですよね?」


    「あ、はい・・・・」


    「僕は・・・ご先祖様の幸治さんの・・・え~とかなり孫の孫の孫・・・ハハハ・・榊幸太郎といいます。」


    「えっ?・・・一体・・・何年が過ぎて・・・・」


    「え~っと、早苗さんが最後にいた年は2042年ですよね?・・・ふえ~大昔だ・・」


    「あ、はい・・・大昔って・・・そんなに・・・」


    「はい、今は2402年です。」


    「えっ?!・・・400年近くも・・・・・」


    「そう云う事になりますね。・・・しかし、ご先祖様・・すごいなぁ~計算通りなんだもんなぁ~」


    「ご先祖様って・・・幸治君の事なの?」


    「ええ・・・そうです。これ、あなたに宛てた手紙です。」


    青年から古びた便箋を受け取り読み始めた早苗の頬に涙が傳う。




    早苗さんへ


    この手紙を読んでいるということは残念ながら僕は早苗さんをこの時代で救えなかった事になります。

    必ず守ると云う約束を果たせなくて本当にごめん。

    今年の初めに僕は病気になってしまい、余命3ヶ月と宣告されてしまいました。

    早苗さんにもう一目だけでも会いたい一心で頑張ってみたけれど・・・

    どうやら神様は意地悪ですねぇ・・・

    会えそうもありません・・・・

    それだけが・・・イヤ、早苗さんとの約束を守れなかった事が心残りです。

    しかし、早苗さん・・・どうか元気を出してこれからの人生を幸せに生きて行って下さい。

    この時代では果たせなかった約束をこの手紙を持つ人に託しました。

    早苗さんのタイムスリップを止める薬を僕は作りあげる事が出来たのです。

    僕の人生も捨てたもんじゃ無かった(*^。^*)

    どうか悲しまないで。

    僕は結構幸せな人生を送りましたから・・・

    本当ですよ・・・・

    早苗さんを忘れた訳では無かったけれど、次に会えるのが60歳だと分かって、僕はその運命を受け入れ・・・・教授に紹介された女性と結婚して子供も2人授かりました。

    とても出来た女性で明るく朗らかな幸せな家庭を持つ事が出来ました。

    だから、早苗さんもきっと幸せな人生を送って下さい。

    それが僕の最後の願いです。

    早苗さん・・・・心から愛していました。どうかお幸せに・・・


    幸治より




    読み終えた早苗が声を上げ泣き出した。

    突然の事に幸太郎は戸惑ったが泣き崩れる早苗をそっと抱きしめて早苗に囁いた。


    「大丈夫です。・・・僕があなたを守ります。」


    その言葉に早苗は感極まった・・・・・


    幸治君は本当に私を・・・その人生を掛けて守ってくれた。

    そして私をこの人に会わせてくれたのだ。

    早苗の初恋の夢の中の彼に・・・・


    しばらく幸太郎の胸で泣き崩れていた早苗だがしばらくして落ち着きを取り戻した。

    それ迄幸太郎は身動きもせずそっと早苗を抱きしめていてくれた。

    顔をあげた早苗に幸太郎はただ頷き微笑んだ。


    抱きかかえられながら立ち上がった早苗と幸太郎。



    二人で夏の空を見上げる。

    そこにはキラキラ光る、時のかけらが降り注いでいた。





    時の片~かけら 後記

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    七色の光に包まれた体が消え行くのを放心して受け入れていた。

    早苗には最早生きる希望も目的も無くただ幸治の亡骸を抱きしめている感覚の消失に絶望するだけであった。



    再び真夏の太陽の下に晒された早苗が目にしたのは・・・・

    幼い頃から見続けた夢の中の青年が少々驚きの眼差しで自分を見下ろしている姿だった。


    「おわ~!・・・驚いたな~~~!まさか本当に・・・・」


    その青年が驚きの声を上げた。


    「幸治・・・君・・・?」


    早苗が混乱の中で問いかける。


    「イヤ・・・残念ながらご先祖様の幸治さんじゃないです。スイマセン。」


    微笑みながら早苗に答えた。


    「誰なの?・・・」


    「え~~~~と・・・この手紙によると・・・早苗さん?ですよね?」


    「あ、はい・・・・」


    「僕は・・・ご先祖様の幸治さんの・・・え~とかなり孫の孫の孫・・・ハハハ・・榊幸太郎といいます。」


    「えっ?・・・一体・・・何年が過ぎて・・・・」


    「え~っと、早苗さんが最後にいた年は2042年ですよね?・・・ふえ~大昔だ・・」


    「あ、はい・・・大昔って・・・そんなに・・・」


    「はい、今は2402年です。」


    「えっ?!・・・400年近くも・・・・・」


    「そう云う事になりますね。・・・しかし、ご先祖様・・すごいなぁ~計算通りなんだもんなぁ~」


    「ご先祖様って・・・幸治君の事なの?」


    「ええ・・・そうです。これ、あなたに宛てた手紙です。」


    青年から古びた便箋を受け取り読み始めた早苗の頬に涙が傳う。




    早苗さんへ


    この手紙を読んでいるということは残念ながら僕は早苗さんをこの時代で救えなかった事になります。

    必ず守ると云う約束を果たせなくて本当にごめん。

    今年の初めに僕は病気になってしまい、余命3ヶ月と宣告されてしまいました。

    早苗さんにもう一目だけでも会いたい一心で頑張ってみたけれど・・・

    どうやら神様は意地悪ですねぇ・・・

    会えそうもありません・・・・

    それだけが・・・イヤ、早苗さんとの約束を守れなかった事が心残りです。

    しかし、早苗さん・・・どうか元気を出してこれからの人生を幸せに生きて行って下さい。

    この時代では果たせなかった約束をこの手紙を持つ人に託しました。

    早苗さんを元の時代に戻す薬を作り上げたのです。

    初めはタイムスリップを止めるだけの薬でしたが、研究を重ねた結果一度だけ逆スリップさせてその後活動を停止させる効果を持たせる事が出来ました。

    その薬を飲んで早苗さんは元いた時代に戻って自分の人生をやり直して下さい。

    この薬が完成しただけでも僕の人生も捨てたもんじゃ無かった(*^。^*)

    どうか悲しまないで。

    僕は結構幸せな人生を送りましたから・・・

    本当ですよ・・・・

    早苗さんを忘れた訳では無かったけれど、次に会えるのが60歳だと分かって、僕はその運命を受け入れ・・・・教授に紹介された女性と結婚して子供も2人授かりました。

    とても出来た女性で明るく朗らかな幸せな家庭を持つ事が出来ました。

    だから、早苗さんもきっと幸せな人生を送って下さい。

    それが僕の最後の願いです。

    早苗さん・・・・心から愛しています。どうかお幸せに・・・


    幸治より




    読み終えた早苗に幸太郎が薬を差し出した。


    「ご先祖様・・・幸治さんが作った薬です。これで帰れますよ・・・・」


    「ありがとう・・・・」


    受け取った薬瓶を開けて早苗は何の迷いもなく飲み干した。

    次の瞬間には早苗の体は七色の光に包まれていた。


    「早苗さん・・・お気を付けて。お幸せに。」


    幸太郎の笑顔が早苗を見送った。




    気がつくと私は長崎駅の出口に居た。

    ふふふ・・・

    幸治君の薬は失敗だ。

    だってほんの少し時間がズレてる。


    私はてっきり眼鏡橋に戻るのかと思っていたのだ。

    まだあの水害の時間まで時間があった。

    あの時と同じように時間を潰して雨が降り始めた頃、タクシーを拾った。


    「眼鏡橋まで行って下さい。」


    「はい・・・イヤ~結構すごい雨になって来ましたね~。」


    「そうですね・・・運転手さんも私を下ろしたら気を付けて下さいネ・・」


    「え~・・・あ、はい・・・ありがとうございます。じゃあ、出来るだけ急ぎますね。」


    そう言ったがやはりあの日と同じく雨の渋滞で、眼鏡橋に着いた時は最早洪水の状態だった。


    「お嬢さん、お気を付けて下さいネ~。」


    「ありがとうございます。運転手さんもお気を付けて。」



    タクシーを降りた早苗は一目散に眼鏡橋を目指した。

    豪雨で既に水かさを増し中島川は氾濫していた。





    早苗の思いは一つ・・・・幸治君に会いたい・・・・


    氾濫している眼鏡橋を渡り始めた。



    「渡らなくちゃ・・・」



    そこにある幸治との、時のかけらを拾うために・・・・




    早苗が眼鏡橋の中心に着いたとき眼鏡橋は崩壊した。

    早苗の姿はそこには無かった。






    時の片~かけら 後記

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    時の片~かけら  後記

     07, 2012 07:00
    (後記)




    拙い文章、なかなか筆が進まない、そんな中最後まで読んで頂き感謝に絶えません。


    連載再開時にちょっと書きましたが、最初の予定ではこの物語は約200~回でした。


    アメーバで物語を書き始めたその日から始めて、1年程度連載を続けるつもりでいましたが・・・・自分自身、

    筆の遅さに愕然とし、且つ、筆力の拙さに絶望して(笑)遂には途中で放り出してしまいました。



    それから約1年半・・・ずっと気になっていましたが・・・



    そのような諸々の理由で休載しましたが・・・・物語自体はとても気に入っていたのでなんとかしたくて、大胆に

    長さを1/10に縮め、ストーリーもそれに合わせて若干・・・・かなり(笑)変更してやっと書き上げる事が出来ました。

    なるべく矛盾や突拍子も無い飛躍・・・てか、元々そう云うお話なんですが(笑)、まあ、狡い飛躍とかにならない

    ように気を付けて書いたつもりです。


    とても素晴らしい作品になりました・・なんて事は口が裂けても言えませんが(爆)とてもお気に入りの物語にはなりました。


    毎回、毎回の皆様方からの暖かいコメントが励みになり、再度の休載と云う事態を免れた事が一番喜ばしい結果です。



    末尾ではありますが、再度、皆様方に心から御礼申し上げます。


    最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。




    紫水
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