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    終末の予定 15

     31, 2016 07:00




    破滅 catastrophe (5)



    史が杏の異父兄妹と知ってからも、杏は変わらず史との付き合いを続けていた。

    もっとも金を出さなければその日は会うだけ、金を出した時だけ史は杏を抱く。

    その金は今度は史が媛を抱く時に媛に渡す金になる。

    そんな事は百も承知で杏はその関係を続けていた。

    全てはその時のためである。


    しかし・・・・・杏は少し焦っていた。

    その時を迎える方法が見つからないのだ。

    母や祖母と同じ手段を使うには危険が多すぎた。

    媛は杏の正体に気がついているはずだから、下手をすれば墓穴を掘りかねない。


    そんな時・・・・

    神が杏に手を指し延べた。いや・・・神では無いか・・・・


    濔 教授がPCのスイッチを切り忘れて講義へ出かけようと研究室を出るところへ偶々杏が居合わせた。

    杏一人取り残された研究室で濔教授の研究を横取りする事は難しくはなかった。

    杏はその痕跡を残さない為だけに濔教授を消し去った。

    杏は初めて何の恨みも無い人間を殺した。

    そうしてやっと杏は念願のその日を迎える事が出来た。



    2015年 6月 6日



    「ねえ、今日は杏さんの誕生日だからこの後はいつもの年の様に杏さんのお家でお祝いしましょう。」


    春先以来久々4人揃っての食事会で媛が言い出した。

    杏にとっては渡りに船である。


    「う~ん・・・・たまには媛ちゃんのお家で飲まない?媛ちゃん、お酒弱いからその方が良いでしょ?」


    杏が暗に昨年の出来事を媛に思い出させる様な事を言った。

    それに慌てたのは美於士だった。

    これ以上媛を刺激したく無かったので媛が返事するよりも早く・・・


    「そ。そうだね、たまには媛ちゃんの家に遊びに行きたいし。」


    「・・・・そうだね、僕もまだお邪魔したこと無いから一度ご招待してもらいたいな。」


    史の言葉は真っ赤なウソだったがそれには気づかぬふりで杏は頷いた。

    3人共にそう言うので媛も仕方無く頷くしか無かった。

    しかし、媛も今日はその胸に秘める事がある。


    「わかりました。じゃあ、皆さんお招きします。一緒に杏さんの誕生日をお祝いしましょう。」


    食事会はそのままお開きとして4人揃って媛のマンションへと場所を移した。

    他愛もない時間を過ごしソロソロ深夜となろうとした頃、杏が言った。


    「そろそろ終わりにしましょう。もう遅いし・・・みんな週末の予定もあるでしょうから。」


    「そうですね。最後にもう一度、杏さん、お誕生日おめでとうございます。」


    他の2人も口々に杏にお祝いの言葉をかけた。

    それを合図としてそれぞれ腰を上げて帰り支度を始めた。

    杏はちょっと化粧室貸してと媛に声を掛けてその場を外した。

    杏の戻りを待つ間に媛は1枚のメモを書いた。

    杏が戻って史と玄関を出ようとした時そのメモ書きを史の手のひらに握らせた。

    勿論、杏に見えるように。

    杏はそれを見て媛の悪意に震撼した。

    あんなに杏に懐いていたあの媛はそこにはもういなかった。

    驚きに目を見開いた杏の顔を見て媛は自分の勝ちを確信した。

    1年前の恨みを晴らせた思いがした。


    「じゃあ杏さん、藤原先生、おやすみなさい。」


    にこやかに2人を見送る媛の姿はやはり美しかった。






    帰り道、史は杏に向かって・・・


    「急用を思い出したので今日はこのまま帰る」


    と言い出した。


    史を助けたい、その気持が残っていた杏は・・・


    「今日は誕生日なの・・・一緒に居て欲しいの。」


    それは懇願に近い言葉だった。


    「悪いけど・・・ホントに急用なんだ。埋め合わせは明日にでもするから。」


    「そう・・・じゃあ、明日ね・・・・。連絡待ってる。」


    「ああ・・電話するよ。じゃあ・・・あ、杏誕生日おめでとう。」


    「うん・・・。」


    史との最後のキス・・・・杏の瞳から涙が溢れた。

    それを史は見ること無く背を向けて走り去って行く。




    その10数分前


    杏は化粧室を貸してと皆の側を離れた後、化粧室の正面にある浴室のドアをそっと開け、持ってきた”濔 教授の細菌”入りの密閉容器を開け浴室の壁にぶちまけた。

    すぐさまトイレに入りトイレにその容器を流した。

    その後丹念に手を洗いうがいをして戻った。



    杏と史を見送った媛は残っていた美於士へ冷たく言い放った。


    「あんたも帰って。」


    「・・・えと・・・今日、一緒にいない?・・・媛ちゃんと一緒にいたいんだ。」


    「ダメ・・・帰って。もう疲れたの。」


    けんもほろろな口調で取り付く暇もなかった。


    「解ったよ・・・帰るよ。じゃあ・・・明日の日曜、どこか出掛けない?」


    「・・・考えとく。・・・連絡するから。じゃあ、おやすみなさい。」


    言うなりドアが閉められた。

    美於士は媛から永遠に捨てられた事にまだ気付いていなかった。



    20数分後


    媛の部屋のチャイムが鳴った。


    「おかえりなさい。」


    史は「戻って来て。待ってる。」のメモ書きを握りしめて息を切らしながら媛の部屋へと戻って来た。


    史を部屋へと通してすぐ媛はシャワーを勧めた。

    史に杏の匂いを感じたのだ。

    嫉妬だった。

    そう、あれだけ忌み嫌っていた史を媛はいつしか愛し始めていたのだ。


    「じゃあ・・・媛、一緒に浴びよう・・・・。」


    「えっ?・・・やだ・・・恥ずかしい・・・。」


    そう言いながらも媛は史とバスルームへ向かった。





    閑話休題
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    終末の予定 14

     30, 2016 07:00



    破滅 catastrophe (4)


    美於士から相談を受けてから2週間ほど過ぎた頃、媛が帰ってきて許しを貰ったと連絡が来た。

    杏は同じ女として媛が美於士の陵辱をそう簡単に許すとは思えなかったが、2人に対して関心を失いかけていた時期であったためそれ以上深く考える事もなかった。

    それより史との結婚が現実味を増していたので杏の頭のなかはそれで一杯になっていた。

    それからも史からの金の無心はちょくちょく続いてはいた。

    それと比例して史の家族との交流も増えてきていたので史の気持ちを疑う事など考えもしなかった。

    しばらくは変わりなく時が過ぎていった。

    しかし秋が深まりだした頃、少しづつ史の態度が変化して来た。

    杏は付き合う前から史の女癖が良くない事は知っていた。

    それも無理からぬ事だと思っていた。

    魅力的な人間は得てしてそうなる。

    史の様に素敵な男を世間の女が放おって置くわけがない。

    恋は盲目とは良く言ったもので、杏は史の悪い面さえ魅力と見えてしまっていた。

    なので・・・

    秋口から多少、史の周りに女の影がチラつき始めても杏は動じる事はなかった。

    自分たちは同じ将来を見て進んでいるのだと信じて疑わなかった。

    媛は杏のその自信に付け込んで徐々に徐々に史の全てを奪い始めていた。


    年が変わり2015年 春、杏は研修を無事終了し正規の医師として勤務を始めた。

    昨年、本院から左遷されてきた女性教授のいる研究室での作業も経験を重ねることで手際が良くなり、先輩医師の信任も得るようになっていた。




    そんな或日・・・・

    久しぶりに4人で食事をしようと美於士から連絡が来た。

    病院の近くのレストランで待ち合わせた。

    レストランへ行く途中の通り道にコーヒーショップが新しくオープンしていた。

    全面ガラス張りの明るい店の様だ。

    レストランへの道すがら何気無くその店内を眺めると其処に媛の姿があった。

    媛は向かいの男から封筒を受け取っていた。

    その封筒は昨夜、杏が史へと渡した300万が入った封筒だ。

    杏は海外のメーカーにお気に入りの文具があり、そのメーカーから封筒も取り寄せているので自分が使っている封筒だと一目で解った。

    封筒を受け取った後、相手の男の手に自分の手をそっと重ね、男を笑顔で見つめる媛。

    相手の男は紛れも無く史であった。

    杏は暫し呆然とその場に立ち尽くした。


    「史さん・・・・何故?・・・・・」


    そう呟いた杏の声は震えていた。

    束の間の後、史が媛に奪われた事を理解し、杏は戦慄した。



    待ち合わせのレストランにその2人が揃って現れた時、杏は素知らぬ顔で迎えた。

    美於士と楽しげに話しながら笑顔で遅れてきた2人と対峙した。


    「遅いよ、媛ちゃん。自分から誘っといて。・・・藤原さんこんにちは。」


    美於士の言葉に史は只黙って会釈を返した。


    「媛ちゃんこんばんは、久しぶりね。どう、研修医になって・・・忙しいでしょう?」


    「あ、はい・・・まだ慣れなくて・・・・。」


    杏の態度に媛は少し焦燥感を覚えた。

    確かに杏はテラスの向こうから私達の姿を見たはずだ。

    封筒を受け取る時、ちゃんと横目で杏の視線を確認した。

    それなのに何故平然としているのか?

    媛は本当の杏の恐ろしさを知らなかった。

    狐が悪魔に復讐しようなどと思うべきでは無かったのだ。

    その時には杏の気持ちはもう固まっていた。

    後は方法を探すだけ。



    杏はまだ史を見限った理由では無かった。

    媛さえいなくなれば史は自分の元に戻って来るはずだと信じていた。

    媛が美於士の陵辱の原因が杏にある事に気付き自分への復讐から史を奪った事は理解出来る。

    理解は出来るがそれをおいそれと許すつもりは無い。

    と、云うか・・・・私の物を奪う奴は生かしてはおかない。

    そう、私はそうやって生きてきたのだ。

    杏がそう考えながらその手段を探していた時、史の父が突然内密に会いたいと言ってきた。

    史が父を使って自分との縁切るつもりかと疑いながら会いに出掛けた。


    「やあ・・・忙しいところ申し訳無いですね。・・・どうぞ、掛けて下さい。」


    「こんにちは。いえ、大丈夫です。今日はどういったご用件でしょうか?」


    「はあ・・・・ちょっと話しにくい内容なのですが・・・。」


    杏は警戒の色を強めた。

    もし史との仲を裂くような事を言い始めたら父親だとしても許さない。


    「・・・・何でしょう?・・・私が何か・・・・」


    「いや、そうでは無いのです。私の方が問題でして・・・・」


    「どういうことでしょうか?・・・・なんでも遠慮なく仰って下さい」


    「・・・ええ、あの、杏さん、ご両親は横須賀にお住まいではありませんでしたか?」


    「あ、はい・・・そうです。私も両親が亡くなるまでは横須賀に住んでいました。」


    「そうですか・・・・あの・・・・お母様は・・・グレゴリー病院にお勤めではありませんでしたか?」


    「えっ?・・・はあ、そうです。何故それを?」


    「う~ん・・・・やはりそうでしたか・・・・。」


    史の父は正に進退窮まった様な険しい顔になった。


    「・・・どうされました?私の母の事が何か問題なんでしょうか?」


    「・・・・いや・・・その・・・以前、あなたが私の知ってる方によく似ていらっしゃるとお話したことがあると思いますが・・・」


    「あ、はい、初めてご自宅へお邪魔させて頂いた時そうお伺いしたことが・・・」


    「・・・うむ、そうですね。その、よく似た女性なんですが・・・多分、あなたのお母様だと思います。」


    「えっ?そうなんですか?・・・ちょっと驚きました。」


    「そうでしょうね・・・その頃私は製薬会社に勤めていまして、仕事でちょくちょくグレゴリー病院へお邪魔していたんです。」


    「はあ、そうなんですか・・・。それは、不思議な御縁ですね。」


    「・・・いや、それが、そう単純な問題じゃなくて・・・・。」


    「すいません、お父様。はっきり仰って頂けませんか?本題は何なんでしょうか?」


    「・・・うむ、そうだね、はっきり言おう。・・・その頃私は君のお母さんと付き合っていたのだ。」


    「えっ?えっ?・・・・母と・・・・」


    「そう、その頃はまだ史達は京都に住んでいて、私だけ単身赴任していたのだ。それで寂しかったのもあるが、伊縫さんの美しさに本気で恋をしたのだ・・・・。」


    「・・・・母と不倫していたんですね・・・・。」


    史の父を刺すような目で見つめた。


    「ああ・・・・そうだ・・・・済まない、いや、今更謝ってもどうしようもないが・・・・。」


    そう、どうしようもない。


    「それで、私にどうしろと?」


    「・・・・いや・・・どうしろと云う事は無いんだ。杏さんがもしそのことを後々知る事になったら傷つく事になるかもと思い、それなら私の口から伝えておいた方が良いと思ってな・・・・。ホントに申し訳無かった・・・」


    「・・・解りました・・・・もう結構です。ただ、その事は史さんには絶対に内緒にして下さい。お願いします」


    「ああ、勿論わかっている。誰にも口外はしない。」


    「・・・よろしくお願いします。・・・ああ・・・そうそう、お父様、お父様の血液型は何型ですか?」


    「うん?血液型かい?」


    「ええ・・・今日の血液型占いでB型の人の運勢が悩み事解決するとかだったんでもしかしたらって・・フフ・・・。」


    「ああ・・・そうなのか~。そう、私もB型だ。うん、その占い当たっているね。」


    「ふふふ・・・そうですか。・・・・では・・・スイマセン、正規の医師になったばかりで仕事が片付いていなくて・・・お先に失礼させて頂きますね。」


    「ああ・・・忙しいのに悪かったね・・・。史をよろしく頼みますね。」


    「はい、こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」


    満面の笑みを史の父へ投げかけた。




    不倫した母の血液型はO、父もO、杏はB・・・父は実の父では無い。

    不倫していた史の父の血液型がB・・・・

    史と杏は異父兄妹と云う事だ。

    杏は自分が史を無条件に愛する理由を初めて理解した。




    兄と交わった妹・・・・・

    今更ながら母の穢らわしさを杏は怨嗟した。




    閑話休題

    終末の予定 13

     29, 2016 07:00




    破滅 catastrophe (3)



    2014年 6月 8日


    杏が美於士から相談が有ると連絡を受け約束の場所へ着いたのは夕暮れ時に近かった。


    「どうしたの?そんな深刻な顔して。」


    相談の内容なんて解りきっていたが杏は素知らぬ顔で尋ねた。


    「杏姉さん・・・・どうしよう・・・媛ちゃんと連絡が取れないんた。・・・部屋に行っても居ないようだし・・・。」


    「あら・・・どうしたのかしらね。」


    「どうしたのかしらって・・・・それは・・・あの日杏姉さんが・・・・」


    「えっ?私が?何のこと?」


    「・・・そんなぁ~・・・杏姉さんが媛ちゃんに・・・。」


    「私が媛ちゃんに何をしたっていうの?ちょっと!あんた、人聞きの悪い事言わないでよ。」


    「・・・あ、いや・・・その・・・・」


    「まあ・・・いいわ。それで、どうしたの?」


    「・・・それは・・・あの日・・・媛ちゃんを家に送って・・・・」


    「そう、ちゃんと送ってあげたのね。・・・・それの何が問題なの?」


    そう、杏は全てを承知の上で美於士を追い込んでいるのだ。

    それがこの2人のルールみたいなものだった。


    「・・・・媛ちゃんを寝かせてたら・・・つい・・・どうしても我慢が出来なくなって・・・・」


    「我慢が出来なくなったって・・・あんた、媛ちゃんをレイプしたの?」


    「そ、そんな・・・レイプって・・・」


    「だって、意識のない媛ちゃんにそういう事したんでしょう?」


    「そ、それは・・・そうだけど・・・・」


    「それを世間ではレイプって言うのよ。」


    「そ、それは・・・でも・・・」


    「でもじゃ無いでしょ。そんな酷い事するなんて・・・あんた、最低ね。」


    自分が仕組んで俺をけしかけた癖に!と思ってはいてもそれを口にすることは出来ない。

    それが美於士と杏の関係・・・掟であった。


    「・・・ゴメンナサイ。・・・杏姉さん、どうすればいい?媛ちゃん何処に行っちゃったんだろ?」


    「そんな事知らないわよ。・・・・初体験が自分が8年も付き合った男からのレイプじゃどっか行きたくもなるでしょ。」


    「・・・・そんなぁ~・・・頼むよ、助けてよ。俺はどうすればいい?・・・」


    「全く・・・・ちょっとは男らしくしなさいよ!・・・しばらく、放っておきなさい。」


    「えっ?放っておくって・・・・。」


    「そのまんまよ。何もせずにただ黙って媛ちゃんが帰ってくるのを待ちなさい。」


    「・・・・それで・・・俺達はどうなるの?・・・・・」


    「・・・どうなるかって、それは、媛ちゃんがあんたの事がホントに好きだったら・・・まあ・・・ホッペタの2,3発はひっ叩たかれるでしょうけど、また付き合えるわよ。」


    「・・・・ホントに好きだったら・・・じゃあ、そうじゃなかったら?」


    「・・・ふん、そうじゃなかったら・・・警察に告訴でもされるんじゃないの?」


    「そ、そんなぁ~・・・杏姉さん・・・助けてよ~。」


    「・・・・知らないわよ。自分がやった事の責任くらい自分で取りなさい。いい年してあたしに泣きつかないの!」


    「・・・・そんなぁ~・・・。」


    「兎に角、しばらく大人しくしてなさい。媛ちゃんが帰って来なくちゃどうしようも無いでしょ。」


    「・・・うん・・・。」



    その頃・・・・媛は実家で杏の真実を調べ始めていた。

    杏は平穏なこの8年で、疑惑が悪意を育て、悪意が人を復讐に駆り立てる事を忘れてしまっていた。



    それから2週間ほどして美於士の元に媛から今からすぐに行きつけのレストランへ来るようにと連絡が来た。

    突然届いたメールに美於士は怯えながらも待ち合わせの場所へと急いだ。

    店へ入るといつものテーブルに媛が座っていた。

    ほとんど走るようにして媛の前に立ちすくんだ美於士へ媛は無表情で座るように促した。


    「お・・・遅くなってごめん・・・。」


    「・・・・それより前に言うことがあるんじゃないの?」


    冷たく言い放つ媛の言葉に美於士は戦慄を覚えた。

    まるで杏が座っているようだった。


    「・・・こ、この間は・・・あんなことをして・・・ホントに、ホントにゴメンナサイ。死ぬほど後悔してます・・・ホントに・・ゴメ・・・」


    「じゃあ、死んでよ。」


    「あ、・・・・それは・・・」


    「何よ、出来もしない事言ったの?ふん・・・・どうせその程度にしか悪いと思って無いんでしょ。」


    「いあ・・・そんな事はない・・・です・・・。媛ちゃん、ホントにゴメンナサイ、許してください。・・・・お願いします、許してください。」

    媛は・・・許すつもりは端から無い。

    しかし、杏への復讐にはこの男は必要だった。


    「・・・・解ったわ・・・許して上げてもいいわ。でも、条件があるわ。」


    「ほ、ほんとに?・・・うん、何でもします。媛ちゃんの言う事は何でも聞きます。」


    「・・・いいわ。じゃあ、約束して。2度とあんな事はしないって。」


    「する、します。絶対、2度としません。ホントに2度と媛ちゃんを傷つけるような事はしません。約束します。」


    「・・・・いいわ。じゃあ、許して上げる。・・・・でも、しばらくは会いたくない。私の気持ちが落ち着くまで・・・時間をちょうだい。」


    「・・・うん、解った。いつまでも待つよ。媛ちゃんが許してくれるまで、俺は待ってる。」


    「・・・じゃあ今日はもう帰って。・・・私から連絡するから。」


    「うん、解った・・・連絡待ってる。」


    後ろ髪を惹かれる思いで美於士はその場を後にした。


    媛はうなだれて帰っていく美於士を見送りながら、あの夜の屈辱を再び思い出し、杏へ復讐を固く心に誓った。




    閑話休題

    終末の予定 12

     28, 2016 07:00






    破滅 catastrophe (2)





    2014年 6月 5日 (誕生会前日)



    「やあ、いらっしゃい。史の父です。よく来てくれましたね。お話は史からよく聞かされていました。」


    「・・・初めまして。田宮 杏といいます。史さんとお付き合いさせて頂いております。」


    「いや、可愛いお嬢さんだ・・・・・」


    そう言いながら史の父は杏の顔を見つめて、ちょっと次の言葉が出なくなった。


    「あの・・・どうかされましたか?私、何かお気に触ることでも・・・」


    杏が心配そうに尋ねた。


    「あ・・・いやいや、伺っていた取引先にあなたによく似た女性がいたことを思い出しまして・・・・。失礼しましたね・・・。」


    「へ~、そんなによく似た女性が居たんだ。父さん、その人の事好きだったんじゃないの?はっはっ。」

    そう史が軽口を叩いているとき史の母がお茶を持ってきた。


    「よくいらっしゃいました。暑かったでしょう。冷たいお茶でも如何が?」


    「ありがとうございます。まだ6月なのに今日は暑いですね。」


    その後は4人で取り留めも無い話をしながら2~3時間を過ごした。

    その間も史の父は若干居心地が悪そうな態度を時々見せていたが、息子が女性を連れて来たことに戸惑っているのだろうと、杏は解釈していた。

    夕飯を一緒にと云う誘いもあったが、史が明日の杏の誕生日を2人で祝いたいからと杏を連れ出した。

    明日の誕生会は史と杏と美於士、媛の4人で祝うことになっていたので、杏も史と2人で祝いの食事をする事に異議は無かった。








    2014年 10月某日



    輝夜 媛は翌年受けることになる医師国家試験の相談と云う口実で藤原 史と2人きりでの夕食の約束をした。

    その待ち合わせの場所に媛はわざと遅れて到着した。

    媛は生来、男を虜にする美貌と(教えられることもなく)男を虜にする方法を知っていた。


    史は待ちに待ったチャンス飛びついてきた。

    実のところ媛はこの男を虫酸が走るほど嫌っていた。

    杏から初めて紹介された時、この男は媛を舐めるように見つめ、杏の前で目で媛を犯したのだ。

    気づかぬふりをその時はしたが、媛は男が自分をどういう風に目で犯すかをよく知っていた。

    その上、しばらくすると史は杏から金を騙し取り始めたのだ。

    賢明な杏がこの男に騙されてしまっているのが不思議でならなかった。

    しかし、今はその杏への復讐にこの最低男を利用するつもりでいた。




    「遅れてスイマセン・・・・」


    申し訳無さそうに媛が席に着きながら謝った。


    「いやいや、僕も来たばかりだから・・・・気にしなくていいよ・・・・。」


    1時間も遅れてきたのにそんなはずは無いだろ!と心の中で嘲笑いながら申し訳無さそうに微笑んだ。


    「ホントにゴメンナサイ。お詫びに何でもします。」


    媛の言葉にニヤついた史がキモすぎて危うく店を飛び出しそうになった。


    「ホントに~?じゃあ・・・食事の後に1杯付き合ってもらおうかな?」


    「ええ・・・そんな事で良ければ・・・いつでもご一緒します。」


    正に破顔とはこう云う顔を云うのだろう。

    その日、史は媛の思う壺の行動を取り始めた。

    食事を終え、史に誘われるまま近くのホテルのバーへと移動した。

    多分、史が誤解しているであろう酒に対する弱さを媛は演じた。


    「ちょっとお化粧室に・・・あ・・・ん・・・ゴメンナサイ。私・・・酔っちゃったみたいで・・・・」


    さり気なく史へ枝垂れかかった。


    「・・・おっと・・・これはいけないね・・・ちょっと休んで帰った方が良いね。」


    そう言いながら史は顔見知りであろうボーイに目配せして部屋のキーを受けとった。

    媛はそれを横目で見ながら素知らぬふりでそのまま史の胸にもたれかかった。

    覚束無い足取りを演じつつ、史に抱えられながら部屋へと向かった。



    史は部屋に入るなり媛を抱きかかえベッドへ寝かせる。

    そのまま躊躇している史を促す様に・・・

    媛は酔ったふりを続け、少しだけ寝返りをうちスカートをはだけさせ・・・肉付きの良い、しかし、美しい太腿を史の目の前に投げ出し・・・少しだけ膝を立てた。

    その膝の角度が史の視線の先にを映し出すのか良く解っていた。

    多少残っていた史の理性は吹き飛んだ。


    「媛ちゃん・・・前から好きだったんだ・・・」


    言い終わらぬほどの間に媛の唇を奪う。


    「あ・・・ダメです・・・杏さんに悪いわ・・・・」


    史の行動に驚いた振りをしながら媛はか細い声で囁きながら史の胸をやんわりと押し返した。



    「・・・・杏とは別れても構わない。僕は君が欲しいんだ・・・・。」



    史のホントの気持ちであった。



    「ダメです・・・・私は杏さんに恩があるの。杏さんを裏切れない・・・」


    「そんな事言わないでくれ。・・・もう僕は我慢出来ないんだ。」


    「でも・・・・ダメ・・・・。杏さんから史さんを奪うなんて出来ない・・・」


    「お願いだ・・・1度だけでも良い、君が欲しいんだ・・・・。」



    暫くの沈黙の後媛は呟いた。



    「・・・杏さんには絶対言わない?・・・・・」


    そう囁きながら潤んだ瞳で史の目をじっと見つめた。

    史が完全に媛の虜になった瞬間だった。



    「・・・絶対に内緒にする・・・だから・・・・」




    媛はただ黙って目を閉じた。







    閑話休題

    終末の予定 11

     27, 2016 07:00






    破滅 catastrophe (1)




    「あん・・・あ・・・史さん・・・・あ、いい・・・」


    「杏・・・・ああ・・・もう・・・」


    「うん・・・いいよ・・・・あ・・・・ああ・・・」



    美於士と媛を見送った後、杏は史に抱かれながらこれからあの2人がどうなるのか想像していた。

    そのまま上手くいくのか、それとも破局を迎えるのか、杏にはどちらでも良かったが・・・。

    今の杏には2人は不要になり始めていたのだ。

    特に史の金の無心には用心するように必要以上言い募る媛には疎ましささえ感じ始めていた。

    元々、美於士を側に置く為の駒でしか無かった媛にそれほどの愛着は無かった。

    あれほど側に置こうと執着していた美於士さえ今の杏は遠ざけたい気持ちが強くなっていたのだ。

    均衡を保っていた2人の関係を崩したらどうなるか・・・

    想像したら楽しくなって媛に薬を盛って美於士をけしかけたのだ。




    藤原 史は2人を見送った後、杏を抱きながら媛の事を考えていた。

    杏と付き合い始めてしばらくしてから、幼なじみの2人を紹介された。

    従兄弟の美於士とその恋人の輝夜 媛。

    史は媛をひと目見た時からその美しさに惹かれていた。

    流石に今は財布(杏)の機嫌を損ねる訳にはいかなかったので、しばらくはじっと我慢するつもりだった。

    しかし・・・・・今日の媛を見てその我慢が限界に来ていることを自覚した。

    あれだけの酒であんなに酔うなら簡単に手に入りそうだ。

    昨日、100万の為に杏を実家へ招き両親に紹介したが、元から史には杏との結婚など選択肢にも入って無かった。

    あと数百万ほど引き出したらポイ捨てするつもりでいた。

    今までは教授に繋がりのある娘との縁談だけが史の唯一の選択肢だった。

    しかし・・・・・あの美しい媛が手に入るなら准教授の椅子さえ惜しくは無い。

    そう考えながら杏の中で史は果てた。




    美於士から陵辱され、そのまま美於士が眠りについた後、媛は今日の出来事を考え続けていた。

    いくら自分が酒に強くは無いとはいえ、あれだけの酒で前後不覚に陥ることは有り得なかった。

    しかし、美於士が何か薬を盛る等有り得ない。

    そんな冒険が出来る男なら8年も子供騙しに近い「キス迄条項」なんて約束を守るはずがなかった。

    では、一体誰がこんな事を美於士にけしかけたのか?

    答えは一人、杏しかいなかった。

    それが媛には信じられない。

    転校して一番つらかった時に親身になって助けてくれた、あの優しい杏がこんな酷いことを媛にするはずはない。

    しかし、他には考えられない。

    媛の頭は爆発しそうだった。



    媛の中にあった美於士への情は今日の事で既に消え去った。

    ただ・・・杏への思慕は僅かな可能性にすがる様に心にしがみついていた。

    次の朝、目が覚めて媛への謝罪を繰り返す美於士を適当にあしらい帰らせると、媛は祖母の家へ急いだ。

    その後10日ほどかけて杏の過去を丹念に調べ、全ての感情を排除して検証していった。

    媛はその結果に恐怖した。

    両親、祖母、同級生・・・・杏が殺したであろう人々の亡霊がその地に蠢いていた。

    自分に対する杏の優しい仮面の裏には夜叉の顔があった。

    媛の杏に対する思慕の情は怨恨へと変化していた。


    「どうやって復讐してやろう・・・・」


    故郷から帰る道程で既にその答えは出ていた。




    閑話休題

    終末の予定 10

     26, 2016 07:00




    侵食 Erosion (2)



    輝夜 媛 は18歳になった。

    校内は勿論近隣の高校でも評判の美しさで周りを魅了していた。

    その媛が安倍美於士と付き合っていることを誰もが訝しげに思っていたのは無理からぬ事だった。

    (媛の転校時の状況や家庭環境等を高校時代の級友等は知らなかった)

    媛自身も杏が医大進学でこの地を離れた時点で美於士との付き合いを続ける必要性が無くなったことは解っていたが、中学から3年近く媛が出した「キス迄条項」を律儀に守る美於士を憎からず思い始めていたのだ。

    恋愛感情は一切無かったが、ある種の情・・・そう、ペットを大事に思う愛情と同じ様な感情を持ち始めていた。

    その為周りからどんなに不思議がられても美於士と別れることは無かった。

    媛と美於士は穏やかな高校時代を過ごし、杏の後を追うように杏のいる医大へ進学した。



    医大進学後は再び杏と媛と美於士の3人はまるで家族のような関係に戻った。

    それから4年間は何事も無く楽しく過ごしていた。

    その関係性が徐々に変化し始めたのは、杏が研修医として勤務を始めて、暫くのちに同じ大学病院の外科医で大学の講師の藤原史に恋をしてからだった。

    常に3人で釣り合いを保っていた関係性が異分子たる史が入ることにより崩れ始めた。

    それが顕著になり始めたのは史が杏に金の無心をしている事に媛と美於士が気が付いてからである。

    媛と美於士はさり気なくその危険性を杏に伝え続けたが、あの杏が全く聞く耳を持たぬ状態になってしまった。

    その頃・・・・媛は子供の頃のトラウマから人間不信に陥り人を愛する事が出来なくなっていた自分が・・・・生涯独身でいるつもりであった自分が美於士との生活を望み始めていることに気がついた。

    付き合い始めて8年勝手な「キス迄条項」を律儀に守る(たまに暴走する事もあるが)美於士が少々不憫に思えて来た。

    3ヶ月後の美於士の誕生日のプレゼントには・・・そう思い始めていた。

    そういう時期にあの事件は起こった。




    安倍美於士は媛と付き合い始めて既に8年を過ぎていた。

    媛の厳しい「キス迄条項」さえ惚れた弱みで守り続けてきた。

    たまに暴走して胸まで手が伸びたりしたが、「そんな事するならもうお付き合い出来ません」の一言で萎縮してしまいその先に踏み出す事が出来ずにいた。

    ある日、久しぶりに杏と2人で飲んでいた時、ついポロリとその事を口にしてしまった。


    「えっ?・・・嘘でしょ?・・・8年も付き合ってキスだけなの?」


    「あ・・・しまった、つい・・・・」

    「・・・あんた・・・ホントにバカじゃないの?」


    そう言いながら杏は笑っていた。


    「・・・・そう言わないでよ・・・惚れた弱みって言うか・・・ダメだって言うからさ~」


    「・・・呆れた。あんたちゃんと付いてんの?」


    「付いてんのって・・・ヒドイなぁ~」


    「仕方無いわねぇ~・・・・解った・・・私に任せなさい。」


    「えっ?・・・任せなさいって?・・・・」


    「良いから・・・まあ・・・まともなカップルにしてあげるわよ」


    「・・・・うん・・・」


    美於士は「どうやって」と言う言葉が出てこなかった。

    口にしたら恐ろしい事が起こる予感がしたのだ。




    2014年 6月6日

    杏の26歳の誕生日、4人で誕生会を開いた。

    楽しく過ごしていた4人であったが宴も酣と云う時に媛はかなり酔ってしまい意識が朦朧としてきた。


    「・・・あれ・・・そんなに飲んで無いのに凄く酔払ちゃったみたい・・・」


    「あらら・・・媛ちゃん大丈夫?・・・」


    「あ・・・・はい・・・う~ん・・・・どうしよう・・・杏さん・・・せっかくのお祝いなのに・・・ゴメンナサイ・・・・」


    「・・・あらあら・・・気にしないで良いわよ・・・美於士、媛ちゃん送ってあげなさい」


    「あ・・・うん・・・」


    「あ・・・大丈夫です・・・ひとりで帰れます」


    そう言いながら立ち上がろうとした媛であったが足元もおぼつかなくなっている自分にちょっと驚いた。

    立ち上がる事さえ出来なくなっていたのだ。

    完全に酔っぱらってしまっていると思った。


    「ごめらしゃい・・・・だめいらいでしゅ・・・・」


    「おい、これは本当にダメだぞ、美於士君、送ってあげなさい」


    藤原 史の声が既に夢の中の声に聞こえた。

    その後の意識、記憶は全く無い。




    媛の意識が戻ったのは自分の下腹部に強い痛みを感じ無意識に悲鳴を上げた時だった。

    媛が目を開けると真上に美於士の顔があった。

    美於士の激しい息遣いと下腹部の痛みが連動していた。

    何が起こっているのか媛は悟った。


    「いや~~~~!!やめて~~~~!!!」


    声にならない叫び声を上げたが、美於士の暴走を止める事はもう出来なかった。

    事が済んで美於士が媛を抱きしめてきたが、もちろんそれに媛が応える事は無かった。

    抱きしめられながら媛は何故そんな事になったのかじっと考えた。






    杏の部屋から媛をおぶって帰ろうとした時、見送りに出てきた杏が美於士の耳元で囁いた。


    「媛ちゃんは何をしても暫くは起きないわよ。・・・言ってる意味は解るわよね?」


    美於士を見る杏の笑顔が・・・あの何かを決意した時に見せる笑顔だった。

    美於士は媛がどうしてこんなにフラフラな状態なのか悟った。

    媛のグラスに何かの薬を盛る杏の姿が目に浮かぶ。

    それが決して美於士のためでも、媛のためでもない事は解っていた。



    しかし・・・・・美於士は自らの欲望に勝てなかった。

    事の途中で媛が気が付き抵抗の素振りを見せたが、薬の効き目から覚めていないようで媛の体は力が入らない状態だった。

    抵抗されたからと言って、今、その状態でやめてしまうことは媛との関係の終わりを告げる事と同意義である。

    兎に角、事を済ませこの関係を既成事実化しなければ媛を失う。

    欲望と願いが美於士をそのまま最後まで突き進ませた。



    しかし・・・・・それは4人を破滅へと導く悪魔の所業であった。




    閑話休題

    終末の予定 9

     25, 2016 07:00
    侵食 Erosion (1)



    田宮 杏は人格障害、サイコパスでは無い。

    幼児期における母への傷害致死や父を死に至らしめた行為等は、成長するに従い杏自身を深く傷つけていたのだ。

    それは祖母の杏に対する深い愛情によって、欠落していた杏の人格が修復された証でもあった。

    その杏の心理的自傷行為の現れが安倍美於士へのイジメであった。

    一見、全く逆に思われるが、杏は自身の感情的行動からイジメられれば相手を抹殺するはずだと思い込んでいた。

    杏は美於士に殺してもらいたかったのである。

    しかし・・・・・美於士はイジメてもイジメても杏に懐いてきた。

    この美於士の存在も杏の少女期における自我の崩壊を防ぐ働きをした。

    (美於士のその性質が先天的なマゾ気質であった事は幼い杏には知る由もなかった。)

    自分の凶悪な一面をひた隠しにし、万人に向けいい子を演じて心のなかに激しいストレスを抱え込んでいた中、自分自身の全てをさらけ出しても側から離れない美於士は杏の救いとなった。

    その時期に杏の周りに不穏な出来事は一切無い。

    しかし・・・・・


    杏が中学1年の夏休み前、ちょっとした貧血で倒れた事があった。

    大事をとって血液検査等をした折に何気無く杏が祖母に尋ねた一言が杏の人生を再び修羅の道へと導くことになった。


    「お祖母ちゃん・・・お母さんの血液型は何型だったのかな?」


    杏は自分の血液型が「B」である事をその検査で初めて知り、単にちょっとした感想を漏らしたに過ぎなかったがそれに祖母が過剰に反応してしまった。


    「・・・そんな事は杏が知る必要は無い。お母さんはもう居ないんだから。」


    思わぬ反応に初めての不審感を祖母に抱いた。

    そしてある日、祖母の留守中杏は家探しをした。

    何を探しているのか杏自身解っていなかったが、箪笥の奥から父母の死亡診断書を発見した時、それが求めていた回答である事を確信した。

    父母共に「O」型であった。

    「B」型の杏がこの夫婦から生まれることは無かった。

    杏が生まれたのは父母が結婚して3年目であったので母の不倫は決定的であった。

    また父の杏に対する愛情から父がこの事実を知っていたとは思えなかった。

    杏はその2枚の診断書を手に、父に対する贖罪の思いで体を震わせた。


    「お父さん・・・・お父さん・・・ゴメンナサイ・・・・」


    そして・・・母への憎しみが・・・呪いとなって、杏は阿修羅となり、杏の人生は修羅場になった。

    勿論、祖母はまだ幼い少女である杏にその事実がどれほど深い傷を負わせるかを心から心配して隠そうとしただけ、杏を守りたかった一心だった。

    しかし、その一件で杏の信頼を失った事に祖母は気が付かなかった。




    田宮 杏は医大入学時、自分の財産の一部で(父母、祖母の保険金や処分した資産等)大学近くにマンションを購入した。

    2年間は其処へ訪ねるものも無く孤独な暮らしをしていたが、美於士や媛が杏を慕い同じ大学に進学して来たことから以前の生活を取り戻した。

    その後4年間、医大卒業までが杏の人生で最も穏やかな時期であった。

    周りの人々とも調和し何事も無く楽しく過ごしていた。

    たまにその調和へのストレスを美於士に向けて発散することに変わりはなかったが(ドライブに誘い出し山中に置き去りにするなど他愛も無い意地悪をしたり・・・)平穏無事といった大学生活を送った。


    研修医生活に入った2013年に杏の人生は転機を迎えた。(自分の人格を自覚していたので内科を選択したのは賢明と言えた)

    杏が恋をしたのである。

    相手は大学病院の外科医で母校の講師も努めていた藤原 史(ふじわら ふひと)であった。

    自分自身、他人を愛する事があるとは思いもしなかった杏は戸惑いながらもその感情に喜びも感じていた。

    「普通の人生を送れるかも知れない。」

    自身で実家との縁を自ら切って、過去を断ち切ろうとしていた杏への神の思し召しであったのか・・・・

    杏は初めて自分から告白した。

    研修医からの突然の告白に戸惑いを見せながらも藤原は杏の愛を受け入れた。

    杏の恋は成就したのだ。

    それから1年、二人は徐々に愛を深めていった。

    講師を努め、次の准教授の椅子を伺っていた藤原が、教授の接待などに金が必要で(講師の安月給ではかなり無理をしていた事を知っていた)杏に対して時々10万、20万と金の無心をして来た事も(普通なら藤原の気持ちを疑うはずだが)逆に杏は嬉しかった。


    「杏・・・一度両親に会ってもらいたいんだけど・・・都合はどう?」


    杏が待ち望んでいた一言を史が口にしたのは二人が付き合い始めて1年目の事だった。



    藤原 史 は製薬会社の営業マンである父と専業主婦の母という家庭環境で育った。

    決して裕福な家庭環境では無い。

    その為かなり苦労を重ね医大を卒業し、必死に努力も重ね講師の座を掴んだ。

    しかし、その後の道筋は容易くは無い。

    准教授への道はいかに教授の信任を受けるかに掛かっていた。

    信任と言えば聞こえは良いが、有り体に言えば教授にいくら貢げるかに掛かっていた。

    そんな時一人の研修医が告白してきた。

    こんな時期に女など相手にしている場合では無いと思ったが、相手の事をちょっと調べると親類と呼べるものさえ居ないかなり孤独な女であるが、その為かかなりの資産があると解った。

    見た目もソコソコの美人で周りの評判もすこぶる良かった。

    史は財布代わりに丁度良い、鴨がネギ背負ってやって来たとほくそ笑んだ。

    焦らず半年ほどは普通に付き合い始め、その後自分の置かれている状況をやんわりわからせ徐々に杏から教授への上納金を引き出し始めたのだ。



    いつものように二人で愛を確認しあう。


    「・・・あん・・・あ、・・・・史さん・・・・」


    「杏・・・愛してるよ・・・・」


    愛の行為を終え抱きあいながら史はいつもの無心を始めた。


    「杏・・・今度教授に贈り物が必要なんだが・・・ちょっと金額が多いんだが・・・100万ほど用立ててもらえないか?」


    「・・・100万円?・・・・大金ね・・・・」


    おや?いつもの感じでは出てきそうに無いな、と判断した史は最終兵器を使った。


    「・・・ああ・・・そうなんだが・・・それと、杏、今度両親に会ってもらいたいんだが・・・都合はどうかな?」


    「・・・えっ?・・・あ、はい。私は史さんの都合で・・・いつでも。」


    「そう、ただ・・・教授に仲人を頼むにもやはり・・・・」


    「あ、うん・・・そうね・・・解った。それは何とかします。」





    恋は・・・・阿修羅さえ盲目にさせる病なのか・・・・・





    閑話休題

    終末の予定 8

     24, 2016 07:00




    拡散  pandemia (3)



    輝夜 媛(かぐや えん)は福島の田舎町で生まれ育った。

    実家は旧家で地元では名士の部類である。

    元々の家業は名主と呼ばれる豪農であったが、高度成長期以降、時勢に乗り機器メーカーの下請け(地場では大手の部類になる)工場を経営していた。

    バブル期に中央の大手、F通信が進出し更に規模を拡大した。

    しかし・・・・ご多分に漏れずバブルの崩壊とその後の長期に渡る景気低迷により経営は傾き、媛の中学入学と時期を同じくして倒産の憂き目にあった。

    1年近く続いた毎日の取り立てに苦しみ、将来を悲観した媛の両親は工場内で夫婦共々首をくくった。

    両親の死後は近くの親類の家に一旦は引き取られた媛であったが・・・・

    ・・・・・何故、その日、媛だけその惨劇から逃れられたのか・・・・

    口さがない人々は色々な噂で、その後、媛を苦しめた。

    それを見かねた祖母が媛を引き取る事になり、媛は故郷を離れることになった。

    転居先の祖母の家でも媛はふさぎがちであった。

    しかし転校の手続きが済み新しい中学へ通うようになってからいい先輩や同級生に出会ったらしく明るさを取り戻していった。





    中学編入と共に媛はその美貌で一躍学内の注目の的になったが、転校の事情が事情なだけになかなか友人が出来るものでは無かった。

    そんな或日、帰り道の公園で、ある女子高生に声を掛けられた。


    「こんにちは。あなた、今度転校して来た輝夜さん?」


    「あ、はい・・・・・。」


    訝しげにそちらへ踵を返した。


    「突然ゴメンナサイね・・・私は田宮 杏って言います。ちょっとお話しない?」


    「あ、はあ・・・・何でしょうか?」


    指し示されたベンチへ腰を掛けて相手の言葉を待つ。


    「あ、あなたのことは従兄弟の安倍 美於士、あなたの同級生よね?その子から聞いたの。」


    ああ・・・確かに同じクラスにいる(時々自分の事を眺めている)男の子がそんな名前だった。


    「はあ・・・・それで、どういった御用ですか?」


    「・・・・うん、まあ・・・そんなに警戒しないで・・・ふふふ・・・」


    きっかけはそんな感じだった。

    杏先輩は自分も同じ境遇で越して来たらしく私の心配をして声を掛けてくれた様だった。

    その後も何かと気を使って貰ったり、その従兄弟とも仲良くなったりで孤独感からはおかげで開放された。

    その後は従兄弟の安倍美於士と段々親しくなり付き合う形となった。

    ただし・・・・私は完全に本気で彼を好きになった理由では無かった。

    行き掛かり上そうなった、そうなった方がここで生きていくのに(口さがない噂から守ってくれる田宮 杏の側にいる為に)都合が良かったのだ。


    なので、美於士にキス以上の行為は絶対に許さなかった。

    時々、キスしている間に美於士が胸を触ってきたりしたが・・・


    「・・・ダメ・・・そういう事はしないって約束したじゃない。」


    「あ・・・・ごめん・・・つい・・・」


    「そういう事するなら、もうお付き合い出来ないわ・・・・」


    「あ、ごめん・・・ホントにごめん・・・もうしないから・・・」


    「ほんとに?・・・約束よ・・・・」


    「わかったから・・・・もうしないから・・・」


    そうは言いつつ、時々同じ会話をすることにはなったが、まあ、それは思春期の男の子にしたら仕方のない事だとは思う・・・なので大目に見てやっている。

    そんな感じで少女期思春期を3人で過ごしていった。




    安倍 美於士は安倍 静江の長男として生まれた。

    父のことを詮索するのはタブーになっている。

    近くに住んでいる祖母に以前隠れて聞いた事があったが、普段はにこやかな祖母の顔が急に強張ったのでそれ以上続ける言葉か無かった。

    祖母の家に住んでいる従姉妹の杏は気立てが良く評判の孝行娘であった。

    しかし、その実際の姿を知っているのは美於士だけだった。

    杏を見掛けると吠えることをやめないうるさい犬が突然消えたのは何故か・・・

    杏に言い寄った二股男が修学旅行中に当然行方不明になったのは何故か・・・

    杏の周りは全く杏の関わりを疑わなかったが、(杏が何故か自分だけに見せる杏の裏の顔から)美於士は杏の犯行を確信していた。

    だが、別にそんな事はどうでも良かった。

    杏の側にいることが美於士にとってとても心地良かったのだ。

    ほとんど記憶が無い幼少の頃から杏に虐げられ続けていることも、いや、それこそが心地良かった。

    美於士は生来のマゾ気質であった。


    中学生になり、ある日転向してきた少女に美於士は恋をした。

    寝ても醒めてもその子のことばかり考え何も手が付かない。

    どうしても自分のものにしたかった。

    しかし・・・・・彼女は自分には釣り合いが取れないほど美しく気高かった。

    美於士は杏に泣きついた。

    どうか輝夜 媛との仲を取り持って欲しいと懇願した。

    普段の杏だったら軽く受け流して素知らぬ顔、と云うところだと思っていたが、何故か積極的にそれを引き受けてくれた。

    おかげでそれから暫くして美於士は媛と付き合う事になった。

    キス以上は結婚までお預けと云う条件が付いたが、そんな事は全然構わない。

    媛をわがものと出来た喜びは何もにも代え難かった。

    だから・・・・杏が大学進学時に祖母を殺害したであろう事を直感的に悟ったが一切口の端にも乗せなかった。


    「あんたもちゃんと勉強して医大に来るのよ。まだ色々役に立って貰わないといけないから、ずっと側にいなさい。解ったわね。」


    杏が進学で引っ越す時に受けた・・・・命令だ。





    勿論、杏姉ちゃんの側を一生離れやしない。

    例え・・・杏姉ちゃんに殺されても・・・・・




    閑話休題

    終末の予定 7

     23, 2016 07:00



    拡散  pandemia (2)



    2007年 4月

    田宮 杏は珍々堂医科大学に入学した。


    その1年前、杏はかなり如何わしいが秘密だけは守ると云う探偵に連絡をとった。


    「はい、お電話ありがとうございます。AKB探偵社です。」


    「あの・・・ちょっとご相談があるんですが・・・・」


    「はい、どんなご相談でもお受けいたしますよ。探偵には守秘義務がありますのでご心配なく。」


    ふ~ん・・・やっぱり胡散臭い。探偵に守秘義務なんか無いし!と、思いながら杏は素知らぬ顔で続けた。


    「祖母がちょっと病気がちで外に出れないもので・・・・。」


    「はあ・・・」


    流石に探偵も訝しげであったが、評判通りならばそれをおくびにも出さないはずだ。


    「家族の問題なのですが、土地の登記移転や預金口座の整理をして遺産の相続を上手くやってしまおうと云う事になりまして・・・ただ私はそのような事に不慣れなものでどなたかお願いできればと思いまして・・・。どうでしょう?お願いできますか?」


    「はい、全く問題ありません。え~・・・実印と印鑑証明、それと委任状を2~3枚ご用意頂ければ全てこちらで対応させて頂きます。一任と云う事ですので多少依頼金は高めになりますが・・・・。」


    「あ、はい、それは大丈夫です。それでどのようなお支払い方法・・・」


    と、云う事で杏は大学進学の1年前に祖母の所有する資産のほぼすべてを登記の移転、名義の変更という形(しかも全て祖母の委任状付き・・勿論偽造だが・・、オマケに「AKB探偵社」と言う如何わしい代理人ではなく「〇〇(実在する有名)弁護士事務所」名での変更手続き)でその手中に納めていた。

    両親の死後、手塩をかけて大事に大事に育ててくれた祖母の資産全てを奪っていたのである。




    2007年3月16日

    前日に高校の卒業式を終えた杏は、最後だからと祖母を裏山の山菜採りに誘った。

    朝早くから二人で思い出話に花を咲かせながら、山登り、山菜採りに楽しい時間を過ごした。

    お昼のお弁当を頂上付近で済ませ、後はのんびり下山するだけとなった。


    「あ、お祖母ちゃん、あそこに良い山菜有りそう!。」


    杏が急ぎ足でその草むらへと進む。


    「ちょっと杏、そこは先が崖になってるから気をつけるんだよ。」


    祖母は心配そうに、そう注意した。



    「あっ!!・・・・」



    杏が声を上げて草むらに沈み込んだ。



    「杏、杏!どうしたんだい!!」



    慌てて杏の側へと祖母が駆け寄って行った。



    「杏、杏・・・・どうしたんだい・・・・」



    その祖母の背後から杏の声がした。



    「お祖母ちゃん・・・・ゴメンネ・・・・」


    「えっ?・・・・」



    驚いて振り向く寸前、祖母の背中を誰かが押した。


    そのまま祖母は崖下へと転落した。



    「きゃ~!!!」



    落下していく祖母が最後に目にしたのは愛する孫娘の笑顔だった。





    医大への入学と云う慶次の直前に起きた祖母の事故死に周りの人々は杏へ心から同情した。

    杏も葬儀以降家から出ること無く悲しみに暮れながら過ごしているようだった。

    大学進学後すぐに家財や家・土地の処分をしたのも逆にあまりの悲しみにその思い出の場所を残して置くのが辛かったのだろうと推察されて皆の同情を増した。



    その事故は新聞の小さな記事になった。

    「進学を目の前に愛する祖母を失った可哀想な少女」と言った感じのベタ記事だったが・・・・


    探偵は独りごちた・・・・女と云う生き物は・・・・怖い怖い・・・・




    閑話休題

    終末の予定 6

     22, 2016 07:00



    拡散 pandemia




    父八満仁寫による娘(八満 杏)殺人未遂事件は、妻伊縫を亡くした仁寫のショックから来た心神喪失状態と判断され不起訴処分となり杏は犯罪者の娘の汚名を着ることはなかった。

    その後数日精神的安静のため入院したが母方の祖母に引き取られる事となった。

    事件の性質上父方が引き取るには障害があったためである。

    祖母と二人で暮らし始めた杏は生来の明るさを取り戻しまわりの全ての人々から暖かく育まれていった。

    叔母に当たる安倍静江の息子、安倍美於士(あべみゅうじ)は2歳年下になるが杏にとても懐き小学校、中学校と常に側にまとわり付いているほどであった。

    杏自体も小・中・高と学業優秀、性格もよく友人クラスメート、誰も杏を悪く言うものはいなかった。

    しかし・・・・・いつも側にいた美於士は杏の本質を知っていた。

    ある時美於士は杏に言った。


    「杏姉ちゃんは悪魔だよね~。」


    「何よ急に。何の話よ。」


    杏も美於士に対しては実は飾らず接していたので、悪魔呼ばわりされても別にどうという事もなかった。


    「だって・・・皆の人気者で勉強は出来るし、お金も死んじゃった親の遺産をたくさん持ってる・・・なのに婆ちゃんのお金以外一切遣わないし・・・」


    「なんだお金の話?」


    「お金の話って・・・お金は重要だろ~?」


    「何よ、アンタお金目当てであたしにくっついてんの?」


    「いやいや、違うよ~!!そんな事言ったら姉ちゃんに殺されそうじゃん、ハハッ!」


    「当然、生かしちゃおかないわよ、ふん。」


    「こわいこわい、ハハハ・・・そうじゃなくて、と言うか姉ちゃんのそういう所が良いんだよねぇ~。」


    「・・・・何言ってるんだか・・・アンタもちょっと壊れてるのね・・」


    「・・・う~ん・・・そうなのかな~」


    そんな感じで少女期思春期を寄り添いながら過ごした。

    勿論その時期にも杏の周りでは・・・・

    杏にだけ懐かず前を通るだけで激しく吠え立てる近所の犬が何時の間にか行方不明になったり、杏に言い寄って来たのに実は本命の彼女が居た二股男子が修学旅行中に深夜遊びに出かけたまま行方不明になったり、等他にも幾つもの不穏な出来事があった。

    しかし、人柄も良く成績も優秀で誰からも好かれる杏にそれらの出来事に関する疑惑が持ち上がることはなかった。


    そんな或時、美於士が恋をした。


    福島県会津若松市門田町大字黒岩嫋竹ケ丘と云うかなりの田舎町から転校してきた娘に一目惚れしたらしい。

    その娘の名は、輝夜 媛(かぐや えん)と言った。

    杏が影から除き見た所、確かにそこらの少女から抜きん出て可愛かった。

    しかも美於士から取り持ちを頼まれ、それを仕方無く引き受けて、杏がさり気なく近づいた時も全く警戒すること無く杏を受け入れるなど性格も良かった。

    杏はこう云う人間が一番嫌いだったが、そこは生来の表面(おもてづら)の良さを発揮しあっという間に媛から慕われるようになった。

    以後は適当に美於士を売り込み、それに乗じた美於士自身の頑張りもあってめでたく美於士の恋は成就することに相成った。

    それから2年後杏は珍々堂医科大学に合格し、二人よりも一足早く大人の階段を登り始めた。



    閑話休題

    終末の予定 5

     21, 2016 07:00


    前兆 The Omenn (4)





    その夜、伊縫の遺体を前に娘と2人、無言で座っていた。

    確かめるのが恐ろしかった。

    八満仁寫は何度も何度も躊躇しながら、遂に口を開いた。


    「杏・・・・きっとパパの見間違いだと思う、ちゃんとわかってるんだけど・・・」


    「な~にパパ。」


    「ママは、ママは・・・自分で足を滑らせたんだよね?」


    「・・・どうして?・・・杏、わかんない。」


    「そうだよね、杏はわかんないよね?・・・うん、パパの見間違いだ。ハハハ、ママがこんな事になってパパはちょっとおかしいんだ・・・うん、杏があんな事するはずがない。」


    「・・・なあに?杏が何をしたの?」


    「あ、いや・・・杏がママを引っ張った様にパパには見えたんだ。あ、いや・・・杏、あれはパパの見間違いだ。うん、そうだ。」


    「・・・・ちぇっ・・・誰も見てないと思ったのに・・・・」


    「えっ?えっ?・・・杏、杏・・・・今なんと言ったんだ」


    「だって・・・杏、もうママ大嫌いになったんだもん。ママいらないもん。」


    な・・・・・嘘だ・・・八満仁寫は娘の口から出た言葉が信じられなかった。


    「・・・・ママと同じ様にパパもあたしにいじわるするの?・・・もうママの事なんか話したくない。」


    「な、なにを!この!」


    バシ!!バシ!!


    つい手が出た。


    「ぎゃ~~~~~~~!!!!!うわ~~~~~~~~ん!!!!!ぎゃ~~~~~~~!!!!!」


    「あ・・・・いや・・・杏、スマン・・・・」


    そう声を掛けだが杏は泣き止むどころか一層激しく泣き叫び続けた。


    すでにかれこれ10分ほど泣き続けて泣きつかれた頃優しく問いかけた。


    「杏、杏は何も悪いことはしてないよね?ママの事が大好きだったよね?」


    「え~ん・・・・大っ嫌いだもん。ママいらなくなったんだもん。」


    バシ!!

    今度は娘に対する愛情の教育で頬を叩いた。


    「ぎゃ~~~~~~~!!!!!うわ~~~~~~~~ん!!!!!」


    再び杏の声が響き渡る。


    「うわ~~~~~~~~ん!!!!!・・・もうパパもいらない。みんな死んじゃえばいいんだ。うわ~~~~~~~~ん!!!!!」


    バシ!!


    「うわ~~~~~~~~ん!!!!!・・・・パパも殺してやる。パパも殺してやる」


    その娘の目つきは私が知っている杏の目つきではない。

    悪魔が乗り移ったとしか思えなかった。


    ピンポ~ン・・・・ピンポ~ン・・・

    玄関のチャイムが鳴っていたがそれどころでは無かった。

    杏をどうやって言い聞かせればいいのか・・・杏を守らなければ・・・妻とお腹の子だけでなく、このままだと杏も失う事になる。


    「杏・・・ママの事は誰にも話しちゃダメだ。いいね、パパとお約束しなさい。」


    話していた時杏から目を離していた。


    「パパなんかもういらない!」


    そう言いながら杏が包丁を持ちだして私に向かって振り下ろした。


    「うわっ!・・・・」


    とっさに切っ先を避けて杏から包丁を取り上げた。

    その時部屋のガラスが割られて男たちが部屋に飛び込んで来た。


    「うわ~~~~~~~~ん!!!!!」


    杏の泣き声が響き渡る。


    「・・・やめるんだ!包丁を捨てろ!!!」


    「あ、いや・・・こ、これは・・・」


    「うわ~~~~~~~~ん!!!!!パパ、殺さないで~~~嫌だ~~~わ~ん・・・・」


    「あ、いや・・・杏、違うだろ?な、杏・・・」


    「やめろ!!娘さんにそれ以上近づくな!!!」


    「あ、いや、違いますって!!!!」


    その時私は間違った・・・・手に力がはいって包丁を振り上げてしまったのだ。


    「やめろ~~~~!!!!」



    パン!!!パン!!!





    私の眉間から血が溢れでた。

    真っ赤に染まる視線の先・・・杏の口元はやはりほころんでいた。





    閑話休題

    終末の予定 4

     20, 2016 07:00


    前兆 The Omenn (3)



    死亡診断書


    1994年 3月4日

    氏名 八満 仁寫

    (中略)

    死因 脳挫傷(銃創によるもの)

    (中略)

    担当 聖グレゴリー病院 医師ベッカー






    八満仁寫は幸せな人生を送っていた。

    優しい妻と可愛い娘、さらにもうすぐ新しい家族が増える。

    今日も早めに仕事が終わったので寄り道もせず真っ直ぐ家に帰るところだった。

    家の近くまで来ると最後の難関の階段が目の前にそびえ立った。


    「ふ~・・・これさえなければ天国なんだけどなぁ~」


    独りごちて階段の頂上を見上げると丁度頂上辺りに愛する妻と娘が・・・階段を登りきろうとしているところだった。

    声を掛けようとしたその瞬間妻の体が宙に浮き手荷物と共に落下した。

    妻の悲鳴と娘の泣き声が辺りに響き渡った。

    妻の体はそのまま長い階段の中間地点の踊り場迄転がり落ちた。

    踊り場に倒れている妻の白いマタニティー服は真っ赤に染まっていく。

    さらに甲高く娘の泣き声が辺り一面に響き渡る。

    その声に驚いた近隣住民が集まりその場はあっという間に騒然となった。



    しかし・・・・・

    大声で泣き叫ぶ娘の口元はほころんでいた。

    笑っている。

    そんなはずはない。

    娘がわざと母を引き落とすなんて・・・私の見間違いだ。

    しかし、泣きながら微笑んでいる娘の顔を見上げながら八満仁寫はその場から一歩も動くことが出来なかった。


    いち早い近隣住民の通報でかなり早く救急車は到着したが見るからに妻の状態は重篤であった。

    娘と共に同乗し病院へ着いた時には妻は危篤状態であった。

    出血があまりに多過ぎた。

    待合室で手術を待ちながら妻の無事だけを祈った。

    隣で娘の杏も同じように妻の無事を祈っていた。


    「ママ・・・ママ・・・死んじゃ嫌だ・・・ママ・・・」


    ああ・・・やっぱりさっきのは私の見間違いだ。

    娘はこんなにも母を愛している。


    「杏、大丈夫だ。ママはきっと大丈夫だ」


    杏は私を見上げながらそっと呟いた。


    「ほんとうに?・・・ママ・・・死んじゃわない?」


    「ああ・・・絶対大丈夫だから・・・」


    伏目がちに杏がつぶやいた。


    「・・・・ちぇ・・・・」


    ・・・・私は耳を疑った。いや、今のは聞き違えだ。そんな事を杏がつぶやくはずがない。


    「・・・杏、今、なんと言ったんだい?パパよく聞こえなかったんだ。」


    「ん?な~に?杏、何も言ってないよ」


    「あ、そうかい・・・そうだね、パパの空耳かもしれないね。」


    「空耳ってな~に?」


    「あ、それは・・・」


    答えようとした時に手術室の扉が開いた。

    術着を脱いだ医師がこちらへ近寄って来る。


    「先生・・・妻は・・・・」


    「全力を尽くしましたが・・・・力足らずで申し訳ありません。」


    「うをお~~~~~~~~!!!!」


    八満仁寫は咆哮した。

    父の脇腹に顔を埋めながら杏も泣き声を上げた。




    しかし、杏のその口元は再びほころんでいた。




    閑話休題

    終末の予定 3

     19, 2016 07:00


    前兆 The Omenn(2)





    死亡診断書



    1994年 3月3日


    氏名 八満 伊縫 (はちまん いぬ)・・・旧姓 田宮 伊縫

    (中略)

    死因 全身打撲、及び死産による失血性ショック死

    (中略)

    担当 聖グレゴリー病院 医師 ベッカー




    田宮 杏(出生時 八満 杏)は1988年6月6日午後6時、聖グレゴリー病院にて生まれた。

    聖グレゴリー病院は在日米軍家族や訪日外国人の為にマリア会(キリスト教会の一組織)によって設立された。

    通常は外国人専用の施設ではあったが母が所属の看護師であった為その利用を許され、聖グレゴリー病院で誕生する事となった。


    「八満さん、おめでとう。可愛らしい女の子ですよ。」


    看護師長が生まれたての杏を抱きかかえそのまま伊縫の腕の中へ渡した。


    「ありがとうございます・・・赤ちゃん・・・私の赤ちゃん・・・・」


    「・・・・もうお名前は決まっているの?」


    杏を覗き込みながら看護師長が伊縫へ問いかけた。


    「あ、はい。主人が女の子なら”杏”って決めていました。・・・テレビで子役の鈴木 杏ちゃんが可愛いからって・・・ふふふ。」


    「あら?じゃあ、女優さんになるのかしら?おほほ・・・」



    その後杏が5歳の誕生日を迎えるまでは父八満仁寫(ひとし)と母(伊縫)から全ての愛情を注がれ幸せな日々を送っていた。

    しかし・・・・・

    杏が5歳の誕生日のお祝いの席で母が父、杏に嬉しい報告があると言い出した。


    「パパ、杏ちゃん、・・・あのね、杏ちゃんに弟か妹が出来るの・・・・」


    「えっ?本当に!!!わ~~~~!」


    父が喜び母を抱きしめた。


    「杏、お姉さんになるんだって!良かったなぁ~。」

    母の後に杏を抱き締めながら杏に微笑みかけた。


    「・・・・うん・・・・」


    「あら?杏ちゃんは嬉しくないのかしら?」


    母が笑いながら杏に問いかけた。


    「ううん、嬉しいよ。杏もお姉さんになりたい。」


    ニッコリ笑いながら母へ返事を返したが、実のところ杏は全く嬉しくなかった。

    幼稚園の友達を見ていても一人っ子の方が断然可愛がって貰っているのを知っていたからだ。

    案の定その日から家庭の中心は母のお腹の子へと移って行った。

    しかも母がマタニティーブルーになった為事ある毎に杏に厳しくなった。


    「杏ちゃん!!ちゃんとお片付けしなさい!」

    「杏ちゃん!!お姉さんになるのよ!お洋服くらい自分で着なさい!」

    「杏ちゃん!!夜遅いのよ、さっさと寝なさい!」

    「杏ちゃん!!パパはお仕事で疲れてるの!自分ひとりで遊びなさい!」


    いつしか杏は母を憎む様になった。

    そして母は臨月を迎えた。

    そんな或日・・・・・


    「杏ちゃん、お買い物に行くからお着替えして。」


    母が臨月近くなって来た頃から買い物の荷物持ちは杏の仕事になった。


    「お姉さんになるから、お母さんのお手伝いしてね。」


    母の願いを聞くのはもうウンザリだ。

    杏はいつからかチャンスを伺うようになっていた。

    近くに誰もいない時・・・・・


    その日はいつもより沢山の買い物をして母も杏も手荷物で両手が塞がっていた。

    自宅は横須賀市の高台にあり、近くのスーパーから家に帰る途中にかなり長い階段があった。


    「ふ~、この階段は本当にキツイわね~。ふ~・・・」


    「うん・・・・」


    息を切らしながら2人で登り切る寸前、杏は周囲を見回し近くに誰も居ない事を確認した。

    初めての・・・そして最後のチャンスだ。

    杏は階段に足を取られたふりをしながら・・・・


    「きゃ~!!!」


    前へ倒れ込みながら全身の体重と力を振り絞り思いっ切り母のスカートの裾を引っ張った。


    「ちょっと杏!だめ・・・・きゃ~!!!」


    母の両手からレジ袋が宙に浮いた。

    一気にバランスを崩し、母の体は階段を転げ落ち始めた。


    「きゃ~~~~~~~~~~!!!!」


    母の悲鳴が閑静な住宅街に響いた。


    「ママ~~~~~~!!!!え~~~ん!!!!」


    杏の泣き声がその後続く。


    それを聞きつけ近所の人々が飛び出して来た。



    「た、大変!!!誰か!救急車を呼んで~!」

    辺りは一瞬にして騒然となった。


    「え~ん!!!!ママ~~~~~~!!!!」


    その喧騒の中も杏の泣き声が近隣に響き渡る。




    しかし・・・・・泣き続けながらも杏の口元はほころんでいた。




    階段の下には、その杏の様子を呆然としながら見上げる八満仁寫の姿があった。





    閑話休題

    終末の予定 2

     18, 2016 07:00


    前兆・・・・The Omen(1)


    2015年5月末日




    死亡診断書


    氏名 濔 理愛 (でい りあ)

    年齢 42歳

    (中略)

    死因 心不全

    (中略)

    担当 田宮 杏




    濔 理愛は帝国医科大学卒業後、その優秀さを担当教授に買われ国内最大の細菌研究室に入局。

    その後研究一筋に10数年ひたすら奉職していた。

    役職も順調、いや異例の速さで教授に迄昇進し40歳で研究室の主任に迄抜擢されていた。

    研究内容は生命の基本因子であるテロメア(細胞分裂の寿命を司る。細胞分裂を繰り返すとテロメアが短くなり、やがてテロメアの消失と共に生命は死を迎える)の短縮を止める(又はそのスピードを抑える)と云うものであった。

    完成すれば勿論ノーベル賞級の研究であった為予算も優先的に配分され研究自体は順調に進んでいた。

    あと僅かでテロメア短縮のメカニズムとその抑制方法の完成に辿り着くと思われた時、濔 理愛は・・・運悪く・・・テロメアの短縮抑制実験中、かすかな温度差で抑制に働くはずの細菌が一気にテロメアを消失させる結果になると云う事実を発見してしまった。

    この実験結果が濔理愛を天界から地獄へと突き落とす事となった。

    この細菌が拡散し、ある一定の気象条件が整った場合地上は一瞬にして地獄へと変貌してしまう・・・・正に最強の細菌兵器になり得る為である。

    大学の倫理委員会は研究の即時中止を決定し研究室は解散された。

    担当教授の怒りの矛先は濔理愛へと向かった。

    八つ当たり以外の何物でも無かったが濔理愛に為す術は無く、濔理愛の研究者としての生命は絶たれた。

    失意の元、濔理愛は埼玉県にある系列の珍々堂医科大学へと異動した。

    しかし・・・・・濔理愛は乳酸菌の研究室の片隅で一人で研究を続けた。

    但し、その研究はテロメアの短縮を抑えるものでは無く、一瞬でテロメアを消失させる細菌の常温での培養実験であった。

    その研究は1年をかけて完成の時を迎えていた。

    濔理愛の復讐はもうすぐ果たされようとしていた。



    その研究室に一人の女性助手がいた。

    濔理愛の死亡診断書を書いた、田宮 杏 である。

    田宮 杏は珍々堂医科大学を卒業後、同大学病院にて医師として勤務する傍ら乳酸菌の研究に携わっていた。

    その研究室に昨年本院から左遷されて女性教授がやってきた。

    見た目は着飾らず正に研究一筋といった風貌で好感を持たれそうであったが、態度は本院のエリートらしく不遜で、杏やその他の研究者を見下しているのが傍目からはっきりと解る・・・典型的な嫌な女であった。

    杏は勿論関わり合いをなるべく避ける様に務めていたが、ある日、濔理愛がPCのスイッチを切り忘れて授業に出掛けた場に遭遇した。

    声をかけようとしたがPCに映るその研究内容に愕然として声を失った。

    今現在、杏が一番欲しい物がそこにあったのだ。

    証拠が残らず人が殺せる細菌。

    デスクに座りPCを隅から隅まで調べた。

    結果、その研究がその目的を果たされていること、すでに常温で培養され密閉容器に保存されている事を突き止めた。

    杏は即座にそのデータを自分のUSBに保存しPCの元データを消去した。

    密閉容器に保存された細菌も探し当て我が物とした。

    一連の作業が終わった丁度その時濔理愛が授業から戻って来た。

    自分のデスクに戻り一息ついていた濔理愛に素知らぬ顔で杏はアイスコーヒーを差し出した。



    「先生、授業お疲れ様でした。今日は暑いですねぇ、冷たいコーヒーどうぞ。」


    「あら?ありがと。」


    珍しく杏に微笑んだ。研究が完成して濔理愛は機嫌が良かった。

    額に滲む汗を拭きながらグラスに口をつけながら杏に・・・



    「・・・ホント、冷たくて美味しいわね。ありがと。ふ~」



    濔理愛は講義で乾いた喉をそのコーヒーで潤した。

    それは自分の研究の成果をその身で示すことになった。

    細菌入りコーヒー、無味無臭・・・誰にも気づかれず・・・・



    「・・・・はあ~・・あっ・・うっ・・・・」



    濔理愛の瞳に苦しむ自分をじっと見る無表情の田宮杏が映っていた。

    その意味に気がついた時に理愛の心臓はその鼓動を止めた。


    「な・・・・なんで・・・・・」




    殺人ではあったが結果的にこの時点では、杏の行為は世界破滅テロを未然に防いだ英雄的な行為であった。


    一瞬呆然としたが我に返り杏は急いでPCを開いた。


    「・・確かこの辺に・・細菌が死滅する温度・・・温度・・・・あった!・・・空気中30度・・・体内、水中で40度…」


    エアコンのリモコンを壁から手に取り、冷房を暖房に切り替え温度設定を35度にした。

    自分も一緒に死ぬつもりも世界を滅ぼすつもりも杏には無かった。

    ただ単に殺したい女がいただけだ。

    濔莉愛ではなく別の人物が…濔莉愛の研究を頂く為だけに殺した。

    杏にとってその細菌はそれほど欲しい物だったのだ。


    晩春の暖かさと相まって室内の温度はあっという間に30度を超えた。

    濔理愛の体から発散された殺戮の細菌兵器は死滅した。

    杏はほっとしながら熱いインスタントコーヒーを飲んだ。

    さすがに冷たいコーヒーはしばらく飲めそうにはない。


    暫くして杏はエアコンを止め窓を全開にしたうえでナースコールした。


    ピー、ピー、ピー


    「はい、ナースステーションです。どうされました?」


    「内科の田宮です・・・た、大変です。乳酸菌研究室で濔先生が倒れました。意識がなく・・・し、心肺停止状態です。救急キットお願いします」


    「わ、解りました・・・すぐ参ります」


    効くことは無いとわかっている心マッサージを杏は始めた。


    「先生、濔先生、しっかりして下さい!」


    わざとナースコールを切らずに心マッサージをしながら杏は叫んだ。


    「先生!しっかりして!!・・・・死んじゃダメです!!!!」




    そう叫びながら杏の口元はほころんでいた。






    閑話休題

    終末の予定 1

     17, 2016 07:00
    ~プロローグ~



    孝元天皇→大彦命(大毘古命)→阿倍内麻呂を祖とする土御門家には1枚の予言の文が存在する。

    後に右大臣となる安倍御主人(あべの みうし)が後の天武天皇(大海人皇子)に宛てた文である。

    しかしながら、(あまりに過激な内容であり主家に対する不敬にも当たる内容のため)土御門家に残っていることから渡されることは無かったものと推測される。

    安倍御主人は後に一世を風靡する陰陽師「安倍晴明」の祖であり、幼少から天才的な才能を有し日本の歴史に深く関わった。

    この文はその安倍御主人が11歳の時に認めたとされる。



    「あらかじめ定まりし終わりの理(ことわり)」(現代語訳)

    皇紀1326年 睦月 (西暦666年 1月)

    これより6つの年の後、皇子様は帝の位に就かれますがその際多くのお仲間が失われることとなりましょう。(西暦672年 壬申の乱 大海人皇子が謀反を起こし勝利 天武天皇即位)

    また、その年より6つの年の後、その報いが訪れ、天空から幾多の星が地に墜ちその力により地は大きく揺るぎ海が大地を覆い尽くす神罰が下る事となりましょう。(西暦684年 ハレー彗星到来 南海トラフ巨大地震発生 巨大津波が関西を襲う)

    それから666の年の後、二つに割れた帝に神罰が下り幾多の民が帝の元から消え去るでしょう。(西暦1350年 南北朝時代に京の都の山間部で発生した数多くの集落全滅事件)

    それから666の年の後、世は乱れ人心は荒廃し帝の民はこの世から全て消え去ることでしょう。

    皇子様、神罰を恐れるならばどうか兄上様と争わず平穏に生を全うして下さい。

    安倍御主人





    西暦1350年より666の年の後・・・・2016年 元日(金曜日)深夜。



    埼玉県草加市の山間部にある集落のひとつから音信が途絶えたと市警本部より市長に一報が入った。(山間部で車が入れないため県警でも確認が取れないとのこと)

    市長も年始休暇中でこの週末は他県の温泉へ家族旅行の予定であった。

    その為、取り敢えず年始当番の職員2名に集落の様子を見に行かせた。


    1月2日(土曜日)PM8:00


    集落へ向かった職員からの連絡も途絶えたと報告が入る。(携帯の電波も途絶えた為追跡不能であるとの報告)

    市長はまだそれほど差し迫った危機感は感じず先に出発した家族に明日には合流する旨の連絡をしていた。

    しかし、その後続々と市内各所(但し山間部の集落のみ)より連絡途絶の報告が入り始め、連絡が途絶した人数の合計は100人を超えた。

    市長は週末の予定を取りやめ庁舎に向かった。




    同じく2016年 元日深夜。


    草加市に隣接する越谷市の山中の集落から越谷警察署へ住民が次々死んでいるとの通報があった。

    越谷市長は年始休暇中ですでにハワイへ家族と出かけており対応には助役が応った。

    報告が来てすぐに市長への連絡はPCでのメールで行ったが未だ返信は無かった。

    電話での連絡はつかなかった。

    庁舎で助役が対応している間に越谷署の警ら隊が通報のあった集落へと向かったがその警ら隊からの連絡も途絶した。


    1月2日 午前。


    市内山間部住民への在所確認を全職員を借りだし、市庁舎を上げて行ったが殆ど全ての集落からの返事は無かった。

    また、越谷署はその後数回にわたり警ら隊を送ったが、全て連絡途絶となり以後の派遣は見送られた。


    午後。


    ハワイの地元警察より旅行中の市長一家(本人、妻、娘2人)全員が旅行先のホテルの部屋で死亡しているのが発見されたとの連絡が入る。


    PM9:00 


    隣接する草加市より同様の事態発生の連絡が入り、2市の幹部会議が招集された。


    両市合わせて約300名の所在が確認出来ていなかった。(越谷市長一家の死はまだ無関係と思われていた)


    1月2日 深夜


    両市は市庁舎内に緊急事態本部を設置。

    警察庁、及び政府に救援の要請を行った。

    政府は直ちに警察及び自衛隊による捜索活動を命じ、防衛大臣を長とする対策本部を立ち上げた。




    しかし・・・・・すでにその時は始まっていた・・・・・





    閑話休題



    *勿論このお話はフィクションで安倍御主人の予言の文等存在しません。その他事件も創作であります。*



    「な・に・ん・ま・し・か・ま・す・・・ぐぶぶぶ」(なんにしますか?)


    イカン、兎に角、このゾンビ共を刺激しないようにしなくては・・・


    「・・・じゃ・・・・かけそばで・・・・」


    「あ・・・い・・・」(はい。)


    私の側からゾンビが離れた。

    しかし、逃げ出そうにも店の入口付近に客のゾンビがウロウロしていて、今そこを通り抜けるのはリスクが高すぎた。

    冷や汗をかきながらどうしたもんか思案しているとさっきの店員ゾンビがどんぶりを(勿論指がどんぶりの中に入っていた)片手で持ちながらフラフラこちらにやって来た。


    「・・お・ち・ま・う・ど・・ぐへ・・」(お待ちどう)


    テーブルに置かれたかけそばは・・・・・血溜まりにミミズが蠢いていた。

    悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。

    こんなところ今すぐ逃げ出さないと・・・・

    いきなり携帯が掛かった振りをしてテーブルに1000円札を置いて(食い逃げは犯罪だからな)出口に急いだ。

    出口の周りのゾンビと接触しないように気を付けて扉を開けて外に飛び出した。

    そこからは一目散に車へと急いだ。

    運転席へ座ってエンジンをかけようとしたが手の震えがあまりに酷くボタンが押せない。

    焦っていると目の前に店員のゾンビが立ちふさがった。

    万事休す・・・・
    ゾンビが窓を開けるように身振り手振りで示していた。

    どうしようもなく窓を開けた・・・・生まれて初めて死を覚悟した瞬間だった。

    ウィ~ン・・・・窓が全開になった。

    ゾンビが手を伸ばす。

    私の目の前にゾンビの手が開かれる・・・・・



    「つ・お・り・す・で・・・・くぐぐるる・・・」(お釣りです)


    「ああ・・・・どうも・・・・」


    500円玉をゾンビから受け取り車を発進させた。

    兎に角一刻も早くこの場を離れたい、その一心で車を飛ばした。

    思えば来る道筋も対向車に行き合わなかった。

    国道を週末に車が1台も走っていない事がありえないと何故気が付かなかった!

    後悔の念に苛まれながら帰路を急いでいると若いカップルに行き会った。

    生きている男女だ。

    20歳前後か?楽しそうに話しながら歩いていた。



    「・・・いや~だ、おにまったら、いつもそうやって苛めるんだから~」


    「うるさい、ば~っか、スズメがバカなことばっかり言うからだろ」


    「あ~~~~!!またスズメって言う~~!!!私は今日子だもん!」


    「ふん、スズメはスズメだろ。」


    「も~~~~~う、意地悪なんだから~~~」


    車を停めて私はそのカップルに声を掛けた。


    「君たち・・・・この先には行ってはいけない。・・・・ゾンビが居るのだ。この車に乗りなさい、送ってあげるから」


    「え~~~!!ゾンビ~~???キャハハ、このおじさんおもしろ~い。おにま!ゾンビだってよ~~~。車乗ったらおじさんから食べられちゃったりして~」


    「あ、いや、そんな事はしない。・・・・確かにそんな話が信じられないとは思うが・・・だが本当なんだ。戻りなさい。」


    私は多分信じないだろうとは思いながら・・・しかし、他に伝える手段を思いつけずに声高に訴えた。


    「あら?・・・・おにま!なんか本当みたいだよ?どうする?」


    「ああ・・・・おじさん、ご忠告ありがとうございます。まあ・・・大丈夫ですから僕らの事はお気になさらずに逃げちゃって下さい。・・・ただ・・・・」


    「えっ?・・・大丈夫とは・・・・ただ、なんだい?」


    「あ、いえ・・・どうぞ、行っちゃって下さい」


    「・・・・・良いのか?乗っていかないのか?」


    「うん、おじさん、大丈夫だから、お気をつけて~。じゃあ~ねぇ~」


    女の子明るい声に見送られながら私は再び帰路へ付いた。

    あのカップルはどういう2人だったのか・・・・

    普段だったら色々考えただろうがその時はもう頭がパンク寸前で他人の心配迄気が回らなくなっていた。

    彼が言った最後の一言・・・ただ・・・その言葉の意味することにも考えがいかなかった。

    鳩ヶ谷地区を抜け出る際に検問が張られていた。

    勿論私は止められた。

    パンク寸前の私は洗いざらい白状した形になりそのまま政府関係機関に隔離された。

    隔離されてる間に7億も取り返されてしまった。

    最悪だ・・・・全くひどい目に遭ったもんだ・・・・・

    これがその顛末だ。



    ん・・・?

    その後どうなったかって?

    そんな事私が知ってる訳ないじゃないか。

    え~~~!って言ったって・・・・

    だから、いつも言ってるじゃないか。

    ここは、読んだ




    A・・・・・あんたが


    K・・・・・きっと


    B・・・・・バカを見る


    AKB探偵社!!


    ようこそ!!





    閑話休題


    「では・・・内容をお話致します」


    依頼者は埼玉県の南部にある川口市の鳩ヶ谷支庁(2011年に川口と合併する迄は鳩ヶ谷市)の助役であった。

    依頼の内容は・・・・

    今年に入って鳩ヶ谷に隣接する草加市、越谷市で地区毎住民が全滅すると云う事態が発生しているらしい。

    そして今月に入り鳩ヶ谷地区にそれが飛び火したと云うことだった。

    草加市、越谷市には政府の担当者が入り事態の解明に努めているらしいが今の所全く原因が判明せず、ウイルス感染の疑いを視野に隣接地区の隔離を行なっているだけと云うのが現状の様だ。

    被害地区では死者が発生し始め約1週間でその地区の住民全員が死亡してしまうらしい。

    私への依頼の内容はその原因の究明と対策であった。

    ・・・・冗談だろ?そんな事件解決できるか!政府に解決出来ない様な重大事件を一介の探偵社になんて依頼するか普通・・・・

    そうは思ったが・・・・なんと依頼金は手付で1億、解決出来たら5億と云うので本気で(10年ぶりくらい真剣に)考え込んだ。

    ウイルス感染の危険がある(しかもたった1週間で発病し死亡率は100%)。

    まず私に解決出来る気がしない(当然だ)。


    「・・・・深刻に悩まれるのはよくわかります。当然ですよね・・・・。私だっていつ死ぬか解らない状況ですし・・・。」


    「えっ?・・感染されてるんですか!」


    (ちょっと待て!!!!それは聞いて無いぞ!!!)私はちょっと気色ばんだ。


    「あ、いえ、勘違いされないで下さい。私が住んでいる地区ではまだ被害の報告はありません。それにまだウイルス感染だと云う結論さえ出ていないのです。」


    「・・・・そうですか。流石にちょっと躊躇しますねぇ。」


    珍しく自分の本音だった。


    「そうでしょうねぇ・・・被害地区に入ってる政府の担当官は遺書を用意しているらしいです。」


    おいおい・・・・サラッとおっそろしい事を言うなよ~!

    しかし・・・・6億の誘惑に私は勝てなかった・・・・我ながら金には弱い。


    「・・・・解りました・・・お引き受け致しましょう。」


    「ほ、ホントですか?・・・・ありがとうございます!」


    満面の笑みとはこう云う顔だと云う見本を見た気がした。


    「・・・但し、条件があります。手付1億、成功報酬5億ではお受け出来ません。あまりにも生命の危険が高く、割に合いません。あ、失礼な言い方になりますが・・・。」


    「いえ・・・当然のお言葉だと・・・それではどういう条件であればお引き受けして頂けますか?」


    「・・・・全て前払いで7億。(う~ん・・・これは流石にふっかけすぎかな?)」


    「・・・・解りました。それで結構です。支庁に戻りましたら取り急ぎ本日中にご入金させて頂きます。よろしくお願いします」



    あ~~~~~~!!!!!!まただ!!!!これはもっとふっかけても大丈夫だったパターンだ!!!!!クソ・・・・



    まあ・・・いいか・・・・

    勿論私がちゃんとした調査なんかするわけがない。

    適当に調査レポートでっち上げてトンズラしてしまおう。

    「調査の結果、原因は不明」って報告書送ってオシマイ。

    依頼人が文句を言ってきたところでその頃には私はここには居ない。

    なんたって7億だ。それだけあれば今後一生遊んで暮らせる・・・かも知れない。



    しかし・・・・流石に私にだって良心の欠片はあるので見物くらいは行かないとな。(なんて仏心出したのが運の尽きだった)

    金曜日、依頼者からの入金を確認してさっさとその金を海外の隠し口座に送金(勿論アチコチたらい回しにして行き先不明にしてから)して海外逃亡の準備を整えた。

    報告書も来週末に届くようにいつも使っている便利屋に頼んで・・・全て準備万端。

    週末の予定は全滅地区の見学(当然だが内部に迄入るつもりは全く無い。命あっての物種だ)。


    土曜日、朝から嫌な感じの曇り空だった。

    やめとこうか、と言う気が一瞬したが(本能に従えばよかった!)7億の義理をちょっとは果たさないと流石に寝覚めが悪そうな気がして現地へ向かってしまった。

    秋葉を午前中に出発し鳩ヶ谷の入り口に付いたのは丁度正午を回った頃だった。

    ブルドッグソースの地盤らしくソース工場の出す匂いに溢れた街だ。

    食い物と云うのは出来上がりはいい匂いがするもんだが、その途中に出る匂いは何でもすごい匂いがするもんだ。

    とてもソースの匂いには感じられない強い異臭が漂っていた。

    街の入口に差し掛かった場所にドライブインらしき古びたレストランを見つけた。

    丁度昼飯時でもあったので私はそこで昼食を取ることにした。

    駐車場に車が1台も無いことに気が付かなかったのは多分慣れないソース工場の臭いのせいだった。

    足早に駐車場から店内へと急いだ。


    入ってすぐに異臭がすることに気がついたが、外の異臭のせいだと解釈してしまって注意力が散漫になってしまった。

    まわりを確認することもなく近くの空いているテーブルに座った。
    (ドライブイン型のレストランで車が1台もないのに客席は結構埋まっていた不思議さに気付くべきだった)


    「い・しゃ・っら・い。・・・あ~ぐ~」(いしゃっらい。)


    テーブルに置かれた水は・・・・・泥水だった。


    「な・に・ん・ま・し・か・ま・す・・・ぐぶぶぶ」(なんにしますか?)


    私は背筋を凍らせながら店員の顔をチラ見した。

    ・・・・・そんな話は聞いてない・・・ありえない・・・映画じゃあるまいし・・・・

    私の頭は状況の把握にフル回転したが・・・・理解不能と云う結論しか導き出せなかった。

    ただ私の目の前の店員は紛れも無く「ゾンビ」だ。

    店内の異臭は死臭だ。この匂いは何度も嗅いだことがある。

    客も全員ゾンビだ。

    いらいの内容は単なる全滅事件のはずだったのに・・・・騙されたのは私だったのか・・・・





    閑話休題


    ここは秋葉原。

    オタクの聖地。

    もっとも最近では色々な人種が入り乱れてごった煮の様相を呈してはいるが・・・

    我が(有)AKB探偵社はその秋葉原で老舗の探偵社になってきた。

    依頼は人を問わず受けるし(貧乏人には貧乏人向けのお手軽調査があるのさ♪)他の探偵社に比べてはるかに仕事が早い(まあ・・・手抜きという言い方もある♪)人気の探偵社だ。

    しかし、最近になって「大川端探偵社」や「匿名探偵」等、新興の探偵社が幅を効かせ始めて、我が(有)AKB探偵社はちょっと不景気気味だ。

    なんせあちらは「オダギリジョー」とか「高橋克典」とか探偵の名が売れている。

    名も無き探偵は辛いところだ。



    現在、私は政府機関によって隔離施設に幽閉されている。

    こんな状況はクソッタレだ。

    畜生!!・・・・

    この忌々しい出来事の内容を話そう・・・・・



    思えばここに事務所を構えてもう10年か・・・・。

    速いもんだな・・・・と、らしくない感傷に浸っていたら災厄が訪ねてきた。

    勿論、その時は災厄などとは思ってもいなかった。

    全く酷い目に遭ったもんだ・・・・。


    その災厄は2月初旬の木曜日にやって来た。

    寒さが厳しい日で(しかも2月なんて仕事は少ないし)懐にも木枯らし(季節はズレるが・・・そう言う感じだったのだ)が吹いていた。

    そこに鴨が葱を背負って来た(筈だった)。


    コンコン・・・

    ふん、ノック2回・・ここはお前ん家のトイレじゃね~ぞ・・・とは言わず・・


    「はい、どうぞ。」


    (挨拶は)出来るだけ明るい声で(が、モットーなので)・・・・

    ガチャ・・・


    「こんにちは。失礼致します。」


    入って来たのは中年の男だった。

    珍しい客層だな・・・と、思いながら目は品定めに疾走させた。

    着ているスーツはバーバリー、靴もピカピカの1点物風、背筋はしゃんと姿勢良く、かなりの上客と踏んだ。


    「どうぞ、こちらへお掛け下さい。」


    にこやかに、朗らかに、中央のソファーへと導いいた。

    即座に上客専用のグラム3000円のお茶を淹れる。


    「寒かったでしょう。・・・熱いお茶でもいかがですか。」


    「・・・や、これは有り難い。少々こちらを探すのに手惑いまして体が冷えてしまったので助かります。」


    客がお茶を飲んで一呼吸入れるのを黙って待った。

    こういう所は辛抱強いのが一流の探偵(決して詐欺師ではない!)の条件なのだ。


    「・・・ありがとうございました。生き返りました。」


    「いえいえ・・・・では、お話を伺いましょう。」


    「あ、はい。・・・こちらは週末等はお休みなんでしょうか?今週の週末の予定はいかがなんでしょう?」


    「はあ・・・かなりお急ぎの御依頼のようですね。まあ、普段は大体暦通りの営業ではありますが、ご要望があれば休日返上で調査致します。但し、若干の割増料金にはなりますが・・・。」


    「あ、はい、それは勿論構いません。兎に角緊急時なので金額に糸目は付けませんので早急にお願いしたいのです。」


    ウホ~!!これは久々のウルトラカモかも知れない!!!


    「分かりました。(慎重に品定めしなくては・・・)それでは、依頼の内容等お話頂けますか?」


    「・・・その前に今回の件は国家機密に属しますのでこれにサインをまず頂きたいのですが・・・・」


    男は1枚の書類をテーブルに置いた。

    おいおい・・・・国家機密?・・・はぁ~、これまた奇人変人の類かいな~・・・

    まあ、場所柄こんな奴が訪ねて来る事は日常茶飯事ではあるが、久々のカモだと勘違いした自分が情けなかった。

    人を見る目には自信があったのになぁ~・・・と、思いながら取り敢えずその紙切れを手にとって眺めてみた。

    目が飛び出そうになった。

    以前、大手他社の仕事を手伝っていた時に1度だけ目にした事がある「内閣情報局機密情報守秘誓約書」がそれだった。


    「えっ?えっ!」

    思わず驚きの声が出てしまった。


    「あ、さすがですね。見ただけでお分かりになられたんですね。上下(かみしも)調査官のご紹介通り、敏腕でいらっしゃる。」


    ・・・・かみしも?・・・そんな奴は知らんぞ?・・・それは取り敢えずおくびにも出さない様にして・・・・


    「はあ・・・解りました。こちらにサインすればよろしいんですね?」


    「はい、申し訳ありませんが、事が事だけに・・・よろしくお願いします・」


    サインはしたが・・・・なんでうちなんだ?と云う疑問が拭えずつい聞いてしまった。


    「うちのことは・・・かみしもさん・・から、どういう風にお聞きになっていますか?」


    「あ、はい、以前政府関係の重要事案を何度も見事解決なされた非常に優秀な調査員でいらっしゃるとうかがっております。」


    う~む・・・・全く身に覚えがない・・・これは・・・もしかすると・・・・


    「今回の事件が起こり我が方では全く対応が出来ないものでお力をお借りしたいと相談した所、こちらのアーカイブ探偵社さんに、という話になったのです。」


    あ~~~!やっぱり・・・・・アーカイブか・・・外務官僚出身の黒田とか織田とか云う奴がやってる事務所だった。

    確かに凄腕と云う噂は聞いていたが・・・・。

    さて、どうしたもんか?このまま受けていいもんか?ちゃんと教えてやるべきか?・・・・

    ・・・考える事は無く、答えは決まってる。

    こちらが間違ったわけでもあるまいし遠慮はいらんさ。

    と、云うわけで「アーカイブ」の名前は聞かなった事にして話を進めた。

    勿論、後々相手に騙されたなどと難癖を付けられては困るので、そこら辺は上手に・・・


    「はあ・・・確かに私が本庁にお世話になっていた頃(警視庁=本庁、以前本庁の警部にお世話になっていたので嘘ではない!別に外務省に在籍していたと言ったわけじゃない)何度かお話させて頂いた事があるかも知れません(あくまでも「あるかも」だ)。その後このAKBを(さり気なく事務所名も伝えたし)立ち上げて今日に至ります。」

    うん、これでエクスキューズは完璧だ。


    「はあ、そうでしたか。・・・・心強い限りです。よろしくお願いします」


    「では・・・ご依頼の内容をお聞かせ下さい。」


    「はい、では・・・」

    依頼の内容は、はっきり言って私の手には余るものだった。と、云うよりはあり得ない事実とあり得ない依頼であった。



    閑話休題

    三茶狼のクリスマス

     13, 2016 07:00

    私はみんなから、三茶狼と呼ばれ恐れ…忌み嫌われている。

    こら!

    三茶楼ではない!

    中華屋じゃない!

    狼だ!お お か み と書くのだ!


    この道では、知る人ぞ知る偉大な…伝説的人物なのだ。



    しかし、そんな私も毎年誕生日が近くなると気が滅入る。

    どんなに人に恐れられ…私が歩くと川が割れたように人並みが一本の通り道を作る。

    私が睨むだけで、人々は縮み上がり、私が怒鳴ると人々は地べたにひれ伏してしまう。

    そんな私でも…

    いや、そんな私だからこそ、毎年の誕生日を傍で祝ってくれる人が誰ひとりいない。

    これは、結構キツいもんだ。



    ・・・・等と毎年誕生日に愚痴を言っていたら、ちょっとした商売仇を消した次の年からそいつの女から毎年ナイフでブスりと血染めのお祝いを貰うはめになってしまった。

    最初の年はまあ、俺も後ろめたい気持ちもあって警察沙汰にはせずそのまま放っておいたがさすがに2回目は(ちょっと重症で意識を失った事もあり)店の主人が警察に通報して、その女はお縄になってしまった。

    もっとも俺としては警察なんぞに関わる気は無かったのだが、行き掛かり上止むを得ずといった感じで事情聴取に応じたのだ。

    しかし、これがまずかった。

    叩けば埃が出る身の上としてはやはり警察沙汰は避けるべきだったのだ。

    事情聴取の途中から雲行きが怪しくなり、最終的にはこっちもお縄を頂戴するハメに陥ってしまった。

    警察署の廊下ですれ違った奥菜の女が俺を見て甲高い笑い声を上げるのを俺は苦々しく睨みつけるしか無かった。

    俺を刺した奥菜の女も、刺された俺も仲良くブタ箱で3年を過ごす羽目になった。


    3年ぶりに戻った三茶は殆ど変わりが無かった。

    相変わらず昼と夜では違う顔を見せる。

    勿論、俺の住む世界は夜の顔を見せた三茶だ。

    夕暮れを迎えた三茶の街を悠然と歩いた。

    そこ、ここから懐かしい奴らの挨拶が飛んでくる。

    しかし今日はいつもの三茶の夜では無かった。

    クソ忌々しいクリスマスだったのだ。

    街はカップルで溢れかえり道端でイチャつくばか者だらけだった。

    けったくそ悪い、3年振りでシャバに戻った俺を待っていた女は一人も居なかった。

    まあ、自業自得だと言われればぐうの音も出ないが、結構いい思いをしていた女どもが懲役をくらった途端に蜘蛛の子を散らすようにこの三茶から姿を消して誰も居ないとは・・・・

    まあ、そんなこんなで侘びしく一人で一通り街を歩いて最後は行きつけのバーに立ち寄るしかなかった。




    (チャリン…バタン)


    「おー!久しぶりですね~ダンナ!」


    「ちっ!この店は客にいらっしゃいの一言もねぇのか!」


    「あはは…いらっしゃーい…なんにしやすか?」


    「バーボンだ」


    「はい…。」


    「どうだ景気は…。」

    「ええ…ダンナのおかげでボチボチです。」


    「ダンナはやめろ!」


    「あ、すいません!ちょっと癖で…藤田社長のおかげでボチボチ儲かってます!」


    「チッ、俺のおかげって・・・それは嫌味か!」


    「いやいや、そんな。ここいらは社長の威光だけでもってるようなもんですよ!ホントです!・・・ところで、暗い顔してますがなんかあったんですか?」


    「…いや、別になんでもない。」




    その時、店のドアが開き誰か入って来たようだった。

    私はいつもなら、決して注意を怠らない。

    しかし、今日はやっぱりどうかしていた…。

    その人物が背後に近づくまで全く気がつかなかった。



    「ふじたー!Merry Christmas!」


    ん?クリスマスを祝ってくれる…しかも女の声だ。


    私はゆっくり振り返った。



    《ブス!》



    鈍い小さな音が腹部からした…。


    <うっ!!まさか・・・・>


    「ふじた~!出所おめでとう!・・・どうせクリスマスも誰も一緒に祝ってくれる人なんか居ないだろ~!私が祝ってやるよ~!!ほら!ナイフでクリスマスケーキ切ってやるよ~!!」


    《ブス!》



    またしても床が私の鮮血で染まった。



    「うっ・・・・く・・・・・」


    「キャハハ・・・Merry Christmas!!ふじた~」



    また奥菜の女だ・・・・くそ・・・まさか先に出所していたとは・・・

    ・・・しかし・・・まあ・・・確かに祝いの言葉を掛けてくれる女は誰も居なかったな・・・・



    「・・・・く・・・・そうだな・・・・メリークリスマス・・・・」



    女の笑い声を聞きながら私の意識は遠くなった・・・




    閑話休題

    面接

     12, 2016 13:20


    俺は鏡 陽一。

    超一流大学の首席を張ってる超・超エリート候補生だ。

    将来は超・超・超エリート間違いない。

    周りの皆が女と遊び回っていた時もひたすら勉学に励み、将来の事だけ考えて大学生活を送ってきた。

    その苦労が実りこの就活は向かうところ敵なし。

    すでに20社から内定を貰っている。

    しかし、本当の本命は今日面接を受けるA社である。

    うん?エリートなら官庁を何故受けない?って?

    ふん、あんなとこ年功序列で50過ぎるまで能なしの先輩たちにこき使われるだけ。

    本当のエリートは実力で勝負するもんさ。

    まあ・・・今日の面接も受かったも同然だけど・・・



    「やあ、鏡君。また一緒だね。」


    ちっ!またコイツか。

    この就活中しょっちゅう一緒になった嫌な感じの奴だ。

    イケメンなのを鼻に掛けてカッコばかりのイケスカネ~奴。

    大学も2流のくせして最終まで残りやがるんだよな~。

    ちっ!顔がいいだけでどんだけ得した人生送って来やがたんだろ。


    「ああ・・・君もまた最終まで残ったのかい?」


    「うん、運が良かったみたいでね。」


    ふん、そうだろよ。お前に実力があるはず無いもんな。


    「まあ、お互い頑張ろう。」


    「うん、そうだね。今回は鏡くんと一緒に内定貰いたいもんだなぁ~」


    フフフ・・・そうそう、最終までは残るけど、最後は僕が一人勝ちさ。


    「ねえ、この人がコウちゃんが言ってた鏡君?」


    なんだ?このド派手な女は?


    「あ、うん、そう。・・・鏡君、コイツ僕のこれ!」


    くわ~・・今どき小指立てるか?・・・てか、就活の最終面接に女連れてくるか~!


    「あ・・・でも、関係者以外入れないのでは?」


    「エヘヘ、私のパパ、ここの人事部長なの。」


    えっ!!!!


    「・・・あ、そうなんですか。・・・」


    「嫌だ、鏡くんたら・・いきなり敬語になっちゃった。フフフ・・・おかしい~」


    ・・・て、仕方ないじゃないか。人事部長なんだろ?


    「あ、いや・・・」


    しかし・・・まあ・・・ホントに派手な女だな・・谷間見えてるし、スカート短すぎだろ!


    「鏡くん、心配しないで良いよ。この子の父親は縁故なんかじゃ左右される人じゃ無いから。」


    ふん、誰がそんな心配するか。



    ガチャ・・・・面接室の扉が空いて・・・



    「では、次の方・・・」


    「あ、はい!」


    ヤツの番か。


    「コウちゃん、頑張ってねー」


    「うん、じゃ・・・鏡くん、お先。」


    「あ、うん。」



    あいつが面接室に入った途端、ケバ女が僕の横に座ってきた。


    「ね~、鏡くん・・・・」


    女の甘い匂いが僕の鼻をくすぐる。


    「わたし~、コウちゃんから鏡くんに乗り換えちゃお~かな~」


    甘い声で僕の耳元で囁いてきた。


    「え・・・あの・・・その・・・・」


    ・・・僕は勉強一筋でちょっと免疫が無いのだ。



    「ね~ってば~、鏡くんならきっとパパに気に入られると思うんだぁ~」


    ドンドン密着してきて腕に大きめの胸が当たってるし・・いい匂いだし・・・

    スカートから覗く足は結構綺麗だし・・・・

    僕はだんだん鼻息が荒くなって来てしまった。


    「コウちゃんに内緒で・・・この後どっか行かない?」


    とうとうケバ女が僕の手をとって自分の胸に押し付けてきた。

    柔らかいし・・・いい匂いだし・・・あ、やば・・・


    「あ、う・・・その・・・」



    ガチャ・・・


    「ありがとうございました・・・」


    「あ、コウちゃん、もう終わったの?」


    ケバ女は何事も無かったようにあいつの横に立っていた。


    「では、次の方・・・・」


    あ、俺の番だ・・・・しかし・・・


    「次の方・・・・?・・・・鏡さん、いらっしゃいませんか?」


    「鏡くん、どうしたの?」


    あいつが声を掛けてきた。


    「あ、いや・・・」


    「君が鏡さん?どうしたんですか?さ、早く立って、部屋に入って。」


    「あ、いや・・・その・・・もう・・・・」


    立ち上がれなかった・・・だって・・・・


    「嫌だ!鏡くんたら・・あそこ勃ってる~~~!やらし~~~~~!!!!」



    ケバ女が大声で叫びやがった・・・・しかもあいつと二人で笑っていやがる・・・


    ハメられた・・・・






    くそ・・・・ハメたかったのに・・・・・







    その後、どこかへ行く話は勿論無かった事だった。










    そして本当の本命の会社からの採用通知は来なかった。





    閑話休題


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