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    地上の星

     30, 2014 07:00



    西暦2105年、中華連邦日本自治区の 大和 魂 博士と中華連邦属領朝鮮の 反 日妥 博士が共同開発したタキオン粒子エンジンの開発により、アインシュタインの相対性理論は物理の法則から屠られた。


    これにより人類は恒星間航行が可能になり地球を飛び出し銀河を探索するに至った。


    しかし、このタキオン粒子エンジンは光速の2倍ほどの速度しか出せなかった為に、その行動範囲は天の川銀河を出るには至らなかった。


    それからの300年間を人類は天の川銀河の探索、開発、移住に費やした。


    そののち西暦2455年(宇宙暦350年)、天の川銀河第156恒星系地球型植民惑星 ケロンパ の  Dr.UTUMI により暗黒物質(ダークマター)エンジンが開発され、人類は遂に天の川銀河の犬の散歩から広大な第三次元宇宙航海へと行動範囲を拡げるに至った。


    このダークマターエンジンは光速のほぼ1億倍と云う速度を可能にするもので、宇宙の最果てまで約145年で到達出来る計算になる。


    但し、まだ課題は残っていた。


    その航行の途中にある宇宙の塵や埃、彗星・・等などをどうやって避けるか、すべての物理学者達はその解決策を追い求め、その後の200年を費やした。


    宇宙暦555年、遂にその難題を解決する船体の材質が開発された。


    それは反重力セラミックと云う鋼材であった。


    従来の考え方を180度反転させこちらが避けるのでなく相手を弾き飛ばしてしまおうと云う逆転の発想から生まれた。


    ダークマターエンジンからエネルギーをこの反重力セラミックに流すとその周りにある物質の重力と同等の反重力が生まれ、また、宇宙船の速度が上がるに比例してその反重力も増大した。


    その為計算上では、最大速度で航行した場合どのような巨大な恒星だろうとその軌道を変える事になり決して衝突事故が起きることはない。


    宇宙暦556年、人類は宇宙の最果てへの恒星間航行へと出発する事になった。


    145年の航海となると世代交代が必要と思われがちだが、ここには相対性理論が生きていて光速より早い航行は船体内部の時間の遅延を招き、船体内部では実際の時間経過はほぼ1/100になる計算になる。


    つまり宇宙船内部は約1年半しか時間が経過しないのである。


    但し、帰ってきた時には今いるクルーの家族は(普通に時間が経過するので)皆、故人となっている。


    出発時にクルーと家族、及び人類すべての人々はクルーに永遠の別れの挨拶を交わした。


    さて、宇宙暦556年12月25日、遂に出発の時を迎える。

    銀河のあちこちでクルーの安全を願いながら全人類が見守る中、銀河最果て探索船 GOODBYE は出発した。


    徐々にスピードを上げる GOODBYE ・・・・


    そして天の川銀河の出口で最高速に到達した。


    船体の反重力も最大となった。


    その時、それは起こった・・・・・


    学者たちは間違ったのだ・・・・


    反重力は船体の進む航路だけに効くものでは無かった。


    船体の360度すべての方向に効くのであった・・・・


    見送っていた天の川銀河は全速力で宇宙の反対側へ吹っ飛んでいった。


    星々がぶつかり合い夜空に輝く花火となって・・・・


    残った人類はクルー15人のみ・・・・






    この宇宙船でどこまで行ってもそこは闇しか無い。



    ここが宇宙の最果てであった・・・・・




    閑話休題
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