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    時の片~かけら  3

     16, 2012 19:00

    その日の夕刻から、紫水館は閑散とした売却物件の様相を体した。

    全ての予約が取り消され、建物全体に憂鬱の影を落とす。

    女将である潤子も、社長の新司もなす統べがなかった。


    「取り敢えずみんなで、食事にでもしましょう。」


    力無く、全従業員を促すしかなかった。


    「は~い」


    それに答える従業員達も、全く覇気が無い。

    日常の紫水館では考えられない事態だ。

    過去に経験の無い出来事に直面し、思考が停止したかの様だ。

    食事中も、誰一人として口を開く者はいない。

    まだ幼い幸治も、大人達の只ならぬ気配を敏感に感じていた。

    今日は、いつもの様にしてはいけないのだ、と。

    しかし、実のところ大人達は、幸治にいつもの様にはしゃいで欲しかったのだが。


    翌日は、一転して朝からさしずめ戦争だった。

    ひっきりなしにかかる電話に、従業員達は忙殺された。

    当然の事ながら、全てがキャンセルの連絡である。

    中には、雲仙岳の噴火が、紫水館従業員一同の日頃の行いが悪いからだ、と言う客までいる始末だった。


    その騒ぎに一段落附いてみると、紫水館の向こう半年間の予約は白紙になった。

    潤子と新司、そして全従業員の営々とした努力は水泡に帰した。

    紫水館は、進退極まった。

    後は、女将である潤子が決断を下すしかなかった。

    暫くは、噴火の様子を見ている事も出来るが、長引けば従業員の給料を支払うのさえ窮するのが目に見えていた。


    潤子は決断した。


    「皆さん!お集まり下さい。」



    紫水館は、その歴史に幕を下ろした。



    廃業を決めたものの、今の情勢では旅館の売却は絶望的だった。

    周囲の旅館は休業には追い込まれたものの、廃業を決めたところは今のところなかった。

    社長会や女将会は潤子の決定を拙速だと翻意を促したが、紫水館はそれ以前より経営難に陥っていたのだ。

    前女将新司の母、故トミ子が残した負の遺産の為に。

    トミ子は、楽天的でお人好しの典型的な人だった。

    新司もその血を受け継いでいる。

    その為、人の頼みを断る事が出来ず幾人もの知人の保証人になって、悉く肩代わりさせられる羽目に陥った。

    潤子が新司と結婚し若女将として紫水館に嫁いで来た時には、倒産を目前にしていた。

    幸いにして、潤子に経営者としての才が有り紫水館は倒産を免れた。

    しかしながら、全てが順風満帆と云う訳にはいかなかった。

    嫁いで数年後、トミ子が亡くなった。

    まだまだ女将としては、半人前の潤子や経営者としては絶望的にお人好しの新司を残して。

    それからの数年は潤子にとって迷い悩む日々の連続で、一時も気の休まる時がなかった。

    その最中に幸治が産まれた。



    あの長崎大水害の日に。



    潤子と新司は、その悼ましい出来事に心を痛めた。

    自分たちの幸せが、犠牲者たちの不幸を招いたかの様な気分だったのだ。


    その後も、紫水館の経営は四苦八苦の状態が続いた。

    経常の状態は順調なのだが、トミ子の負の遺産として残った旅館の負債が重くのしかかっていた。


    そこに今回の雲仙岳の噴火である。

    紫水館は、トドメを刺されたも同然だったのだ。



    続く




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    こちらより




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